紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
美月は、しばらく考える素振りを見せた後、やや固い声音で言った。
「それでは、この結婚は契約の上に成り立ったもの、一つの取り引きだと考えてよろしいですね?」
「流石は僕の見込んだ花嫁だ。大変聡明でよろしい」
満足げに頷く男に、美月は切り込んだ。
「ですが、何故、私なのでしょう? 社長のお相手であれば、それこそ名乗りを上げる方々は星の数ほどもいらっしゃることでしょうに。わざわざ私のような家柄、外見何一つ取ってもパッとしない女をお選びになるなんて、社長のお考えになっていることを計りかねます」
「ふむ、君も自分のことだというのに、なかなか辛辣な物言いをするね。だが、眼のつけどころは良い。ますます、君が気に入ったよ。良いだろう、本当のところを話そう、君が疑問に思うのは当然だからね」
男は頷くと、やおら椅子から立ち上がる。
美月が眼を瞠っていると、何を思ったか、つかつかとこちらへ向かって歩いてくる。大理石を思わせるモノトーンの床にコツコツと硬質な音が響いた。
「僕が何故、君を選んだかといえば、それは君だからだよ」
男は、まるで意味をなさない謎かけのような科白を平然と口にした。
ふいに、美月の前で男がピタリと立ち止まった。顎に手を添えられたかと思いきや、クイと顔を持ち上げられる。漆黒の瞳が射貫くように美月を見据えている―。
美月は初めてこの男に途方もない恐怖を憶えた。この男は危険すぎる、感情の読み取れぬ双眸を見つめていると、あたかも底なし沼に身体ごと引きずり込まれてゆくような錯覚さえ憶えた。
「放して」
美月が呟くと、押口社長は鼻で嘲笑って、すぐに手を放す。冷たい、ゾッとするほど冷たい感触に、美月は思わず身を竦ませた。まるで指先に触れられたその場所から徐々に氷と化してしまうかのようだ。
美月がまたしても、その言葉の内に潜む真意を計りかねていると、男は笑いを含んだ声音で言う。
「それでは、この結婚は契約の上に成り立ったもの、一つの取り引きだと考えてよろしいですね?」
「流石は僕の見込んだ花嫁だ。大変聡明でよろしい」
満足げに頷く男に、美月は切り込んだ。
「ですが、何故、私なのでしょう? 社長のお相手であれば、それこそ名乗りを上げる方々は星の数ほどもいらっしゃることでしょうに。わざわざ私のような家柄、外見何一つ取ってもパッとしない女をお選びになるなんて、社長のお考えになっていることを計りかねます」
「ふむ、君も自分のことだというのに、なかなか辛辣な物言いをするね。だが、眼のつけどころは良い。ますます、君が気に入ったよ。良いだろう、本当のところを話そう、君が疑問に思うのは当然だからね」
男は頷くと、やおら椅子から立ち上がる。
美月が眼を瞠っていると、何を思ったか、つかつかとこちらへ向かって歩いてくる。大理石を思わせるモノトーンの床にコツコツと硬質な音が響いた。
「僕が何故、君を選んだかといえば、それは君だからだよ」
男は、まるで意味をなさない謎かけのような科白を平然と口にした。
ふいに、美月の前で男がピタリと立ち止まった。顎に手を添えられたかと思いきや、クイと顔を持ち上げられる。漆黒の瞳が射貫くように美月を見据えている―。
美月は初めてこの男に途方もない恐怖を憶えた。この男は危険すぎる、感情の読み取れぬ双眸を見つめていると、あたかも底なし沼に身体ごと引きずり込まれてゆくような錯覚さえ憶えた。
「放して」
美月が呟くと、押口社長は鼻で嘲笑って、すぐに手を放す。冷たい、ゾッとするほど冷たい感触に、美月は思わず身を竦ませた。まるで指先に触れられたその場所から徐々に氷と化してしまうかのようだ。
美月がまたしても、その言葉の内に潜む真意を計りかねていると、男は笑いを含んだ声音で言う。