紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
「女性に対しては少し失礼な言い様かもしれないが、まず、君ならば、後腐れがないだろうと思えたからだ。僕は君に対して何の束縛もしない。僕が君に望むのは、最低限、妻として夫である僕の顔を立てて少なくとも上辺だけはそれらしくふるまって欲しいということ、ただそれだけだ。後は、僕の知らないところで君が何をしようと構いはしない。そして、これは僕からの条件の一つだが、僕が君に何の見返りも要求しないのと同様、君も僕の行動一切について口出しはできない」
押口は不敵に微笑む。
「君にとって悪い話ではないはずだが? 何しろ、君の父上の遺した借金はあまりにも莫大すぎる。君が身を粉にして働いたとしても、あと何年待てば完済できるのか」
父が亡くなったのは、この男のせいもあるのだ。押口が突如として取り引きを打ち切らなければ、工場の経営だけは少なくともあそこまで落ち込むことはなかったのに。
しかし、それは所詮、逆恨みというか筋違いであることも美月にはよく判っていた。ビジネスの世界は常に非情だ。甘えたことを言ったり、いちいち情に流されていては、己れの身が危うくなる。
殊に、押口のように、幾つもの子会社をその傘下に有し、何千、否、何万人という社員を抱える大企業のトップには時に冷酷といわれても仕方のないほどの非情さを求められる。
美月は自分の感傷を無理に封じ込むと、真っすぐに男を見た。
「契約期間は?」
その問いに、押口がやや気圧されたように怯んだ。
「ホウ、君はなかなかの策士だな。女にしておくのは惜しい。全っく、空怖ろしいほどだ。なるほど、確かにその質問については、はっきりさせておいた方が良いだろう。特に、君の立場からすればね」
どうやら、この男は契約期間については明言を避ける肚積もりであったらしい。
やはり、油断のならない男だ。
「僕としては、この契約は恒久的なものでも良いと思っているんだよ。こう言っては何だが、これほど理解のある寛容な妻を持てる機会は、そうそうはないだろうから。それに、君だって、上手に立ち回っている限り、何不自由ない生活を保障される。十分なメリットはあるだろう」
押口は不敵に微笑む。
「君にとって悪い話ではないはずだが? 何しろ、君の父上の遺した借金はあまりにも莫大すぎる。君が身を粉にして働いたとしても、あと何年待てば完済できるのか」
父が亡くなったのは、この男のせいもあるのだ。押口が突如として取り引きを打ち切らなければ、工場の経営だけは少なくともあそこまで落ち込むことはなかったのに。
しかし、それは所詮、逆恨みというか筋違いであることも美月にはよく判っていた。ビジネスの世界は常に非情だ。甘えたことを言ったり、いちいち情に流されていては、己れの身が危うくなる。
殊に、押口のように、幾つもの子会社をその傘下に有し、何千、否、何万人という社員を抱える大企業のトップには時に冷酷といわれても仕方のないほどの非情さを求められる。
美月は自分の感傷を無理に封じ込むと、真っすぐに男を見た。
「契約期間は?」
その問いに、押口がやや気圧されたように怯んだ。
「ホウ、君はなかなかの策士だな。女にしておくのは惜しい。全っく、空怖ろしいほどだ。なるほど、確かにその質問については、はっきりさせておいた方が良いだろう。特に、君の立場からすればね」
どうやら、この男は契約期間については明言を避ける肚積もりであったらしい。
やはり、油断のならない男だ。
「僕としては、この契約は恒久的なものでも良いと思っているんだよ。こう言っては何だが、これほど理解のある寛容な妻を持てる機会は、そうそうはないだろうから。それに、君だって、上手に立ち回っている限り、何不自由ない生活を保障される。十分なメリットはあるだろう」