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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第1章 炎と情熱の章①

後半の部分をわざとらしくゆっくりと言う。そこに、美月はこの取り引きをどうでも美月に承知させようとする男の意図が透けて見えた。
 今度は、美月が口角を笑みの形に象る番だった。
「四代続いた老舗にして名家の〝K&G〟ホールディングスのお歴々―、つまりは、社長のお父さまや叔父さま方がそのような良い加減な結婚でご満足なさるのでしょうか? 後継者問題はいずれ再浮上するでしょう」
「後継者―、君が言っているのは僕の子どものことか? だとすれば、それは差し出た質問と言うべきだな。形式上の妻にしかすぎない君が僕の閨房のことにまで気を回す必要はない」
 取りつく島もない言い方にも美月は余裕の笑みで応えた。
「さあ、それは、いかがなものでしょうか。僭越だとおっしゃるのであれば、謝罪致しますが、かりそめにせよ、妻の立場に納まるのであれば、これは笑っては済まされない問題です、社長。いつまで経っても子どもが生まれなければ、私を石女扱いなさるでしょうから。私もはっきり申し上げますと、そのように〝子どもを生め〟と周囲からせっつかれるのは嫌です」
「全っく、君は怖ろしい女だな。判った―、君の言い分は認めよう。父の口から、そのような言葉が出ないように極力努力しよう。子どものことは先刻も言ったように、君が心配することはない。いずれ時が来たら、誰かに生ませれば良い。―それで良いかい?」
 確認するように言われ、美月は淡く微笑った。
「それについては、お願いがございます。私と離婚する際に、そのこと―子どもができないことを理由にして頂きたいのです。つまり、この取り引きの筋書きはすべて整っていると、契約期間の終了は、婚姻が発生した日時より、きっかり五年後にするとこの場でお約束頂きたいのです」
 しばらく、押口社長から声はなかった。彼は美月の真意を見極めようとするかのようにわずかに眼を眇めて美月を見つめている。
 怖いほどの静けさが社長室に満ちていた。
「良かろう」
 押口が唐突にその重苦しい沈黙を破った。
「君からの条件を呑むとしよう」
 その瞳は不気味に静まり返った湖のようだ。

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