テキストサイズ

紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第2章 炎と情熱の章②

 ここは小さな滑り台と砂場があるだけなので、子どもたちの姿も滅多と見かけることはない。一人でのんびりと過ごしたいときには、もってこいのとっておきの場所なのだ。
 マンションに戻り、九階の一番左端、エレベーターを降りてすぐ手前の部屋の鍵を開けて入った。真夏の暑い盛りのこととて、汗をかいている。4LDKの部屋にはむろんユニットバスもついているので、ひと汗流そうと浴室へと赴いた。
 お気に入りのハーブの香りのボディソープをたっぷりと泡立て念入りに身体を洗う。仕上げにシャワーを浴びて出てくると、衣服は着ずにバスタオルを身体に巻きつけたままキッチンに行った。冷蔵庫を開けてミネラル・ウォーターを取り出したその時、ふいに背後でコトリと物音が聞こえ、美月は愕いて振り返った。
 が―、次の瞬間、美月は二度驚愕することになる。小さな悲鳴と共に美月は息を呑んで〝夫〟であるはずの男を見つめた。
 晃司の方も茫然として、こちらを見つめていた。その時、何の弾みか、美月の身体に巻いていたバスタオルがはらり、と解け、宙に浮いた。
「―!」
 先刻以上に大きな悲鳴が辺りに響き渡る。美月は予想外のなりゆきに狼狽え、我を失ってしまった。
 ハッと我に返った時、晃司がまだ自分の方を見ているのに改めて気付き、赤面してその場に座り込んだ。
 美月のコンプレックスは並外れて大きな胸であった。形はそう悪くはないと自分でも思うのだけれど、いかにせん、大きすぎる。その胸の辺りに晃司の視線がずっと注がれているように思うのは、気のせいだろうか。一体、いつまで見ている気なのだろう、良い加減にあっちに行って欲しいのに。
 美月は唇を噛みしめ、振り絞るように言った。
「お願いだから、あっちを向いて下さいませんか」
「あっ、ああ」
 掠れた声が低く響いた。どうやら、晃司の方も不測の事態に動転していたらしい。常に沈着で取り乱すことなく、ポーカーフェースを気取っている彼にしては、本当に珍しいことだ。慌てた様子で頷き、すぐに向こうを向いてくれた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ