テキストサイズ

紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第2章 炎と情熱の章②

「止めて下さい!」
 悲鳴のような声で遮り、美月は席を立った。
 男の執拗な視線から逃げるようにして自室に戻ると、部屋の鍵を内側からかけ、その場に膝を抱えて座り込んだ。
 どうして、こんなときに限って、あの男が帰ってきたのだろう。晃司は、美月の裸をすべて眼にしていたのだ。
 あの男にあられもない姿を晒し、全部見られていたのかと想像するだけで、恥ずかしさと情けなさに目眩がしそうだ。
 その夜、美月は、きっちりと部屋の鍵をかけてベッドに入ったが、なかなか眠れず床の中で幾度も寝返りを打った。夕飯を食べ終えた晃司がどうか出て行って欲しいと願っていたのだが、晃司は、やはり今夜はこちらに泊まるつもりらしく、出て行った気配はなかった。
 悶々としている中に、それでも浅い微睡みに落ちたようで、次にめざめた時、枕許のナイト・テーブルの置き時計はA.M.1‥00を指していた。家の中は森閑として人の気配は全く感じられない。もしかしたら、晃司が出ていったのでは―と淡い期待を抱いたその時、外側からドアノブが動く音が暗闇に響いた。
「あ―」
 美月は、怖ろしさに震えた。
 信じられない。誰かが外から無理矢理、この部屋のドアをこじ開けようとしている。苛立った様子で乱暴にガチャガチャと動かしているのが美月にも伝わってきて、美月は頭からすっぽりと布団を被った。
―怖い、誰か、助けてっ。
 確かめるすべもないけれど、この部屋に入ってこようとしているのがあの男であることは間違いなかった。
 晃司は一体、何を考えているのだろうか。
 美月はとうとう恐怖のあまり、朝までまんじりともできなかった。東の空が白々と明け初める頃、美月は漸く再び眠りに落ちた。
 幸運にも、あれから物音はすぐに止んだ。夜明けに少し間がある頃、玄関のチェーンが外される音がし、人が確かに出てゆく気配があったから、今度こそ晃司が出ていったのだろう。
 眠りの中で、美月は夢を見た。
 黒い巨大な影にどこまでも追いかけられ、やがてついには呑み込まれてしまう怖い夢だ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ