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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第2章 炎と情熱の章②

 六月半ばのある日、降り注ぐ無数の金色の光を見たときの夢とは大きな違いだった。
 あの夢を見たときは幸せな―、何か親鳥の大きな翼に包み込まれた雛のような安心感に浸ったものだったけれど、今日の夢はただ空怖ろしいだけだ。怖ろしいだけでなく、不吉な夢だと思った。
 これから自分は、どうなってしまうのだろう。
 美月は、計り知れぬ不安を感じていた。
 その不吉で禍々しい夢が予兆であったかのように、美月の不安をいや増す出来事が続いた。
 この夜を境に、晃司が頻繁に帰ってくるようになったのである。幾ら顔を合わせるのが厭でも、このマンションは晃司の所有であり家なのだ。
 美月は晃司が帰ってきた日はできるだけ自分の部屋に逃げ込んで、顔を見ないようにした。帰宅した日は、夕飯を作って欲しいと頼まれれば、これにも否とは言えず、作ることになる。それでも、美月は夕飯の用意を整えるだけ整えると、すぐに部屋に駆け込んだ。
 むろん、内から鍵をかけることも忘れない。
 しかし、怖ろしいことは続いた。晃司が帰ってきた夜は、いつも夜半、部屋のドアを外側から乱暴に開けようとする音が聞こえてくるのだ。晃司がマンションに泊まる夜は、美月はいつも布団を被って恐怖に震えながら一睡もできないまま夜通し過ごした。
 そんなことが数日おきに何度か繰り返され、やがて、晃司は諦めたのか再び帰ってこなくなった。
 美月はやっと胸を撫で下ろした。これで今までどおりの心穏やかな日々が戻ってくる。
 だが、その頃になると、美月は考えるようになった。いつまでもこんなことを繰り返していても、意味がない。晃司との〝契約〟で得た金のお陰で、美月は父の残した借金を完済することはできた。
 しかし、美月は本当の意味で借金を返したのではないということに気付いたのだ。
 たとえ父が借りた金は片がついたとしても、今度は新たに美月があの男に借金をしただけ。ならば、たとえどれだけかかっても、その金は返すべきだ。それに、美月自身、もう今の生活が嫌になっていた。
 何もかもが偽りの生活、偽の夫婦、形だけの妻、たとえ好きなように自分の望む暮らしができたとしても、それは所詮、偽りの日々の中で得た安息にすぎない。

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