紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
父は亡くなった男の代わりとしてすべてを背負うことになり、町の工場を手放して作ったその金を返済に充てた。それでもなお、三分の一の借金が残り、それは、そっくりそのまま遺された美月の肩にかかることになる。
あの悪夢の日を、美月はいまだに忘れはしない。父と母を乗せたワンボックスカーが高速で追突事故に遭い、まだ働き盛りの二人の生命を突如として奪っていった日が、思えば美月にとっても運命の転機だった。父の死後、美月は残った借金を細々と払うことになった。
町の工場を売り払ってもなお返し切れなかったのは、既に工場そのものが老朽化して資産価値が芳しくなかったこと、それまで取り引きしていたアパレル・メーカーとの繋がりも切れ、たとえ工場の買い手が新たに見つかったとしても、それから先の見込や可能性、将来性といったものがないことが最大の理由だった。
そのため、工場を買い取って、また、次に新たな購入者を探そうとしていた不動産業者も自ずと低い買い値しか提示しなかったというそれだけの話だ。
両親の死後、美月に残されたのは、いまだに返済し切れていない借金の山とK町の自宅のみになった。それでも美月が最後まで家を売ろうとしなかったのは、ここが亡くなった父や母を偲ぶたった一つのよすがであったからだ。
美月はこの家で生まれ育った。秋桜の揺れる穏やかな秋の昼下がり、仲好しの友達を招いたバースデーパーティーには、母お手製のケーキが並び、子どもたちの歓声が響いた。父や愛犬のシロと庭で追いかけっこをした幼い日々。想い出のすべてを手放すことは、美月にはできなかった。
今となっては、あのふんわりとした―母の得意だったシフォン・ケーキのような甘やかで優しい日々が遠い昔の出来事のようにしか思えず、今、この家に父も母もおらず、自分一人しかいないということが現のものとも信じられない。
午後12‥00を少し回った時間、美月は長時間パソコンと睨めっこした眼の疲れを憶え、小さな吐息を洩らした。むろん、周囲の上司や同僚には知られないようにである。
あの悪夢の日を、美月はいまだに忘れはしない。父と母を乗せたワンボックスカーが高速で追突事故に遭い、まだ働き盛りの二人の生命を突如として奪っていった日が、思えば美月にとっても運命の転機だった。父の死後、美月は残った借金を細々と払うことになった。
町の工場を売り払ってもなお返し切れなかったのは、既に工場そのものが老朽化して資産価値が芳しくなかったこと、それまで取り引きしていたアパレル・メーカーとの繋がりも切れ、たとえ工場の買い手が新たに見つかったとしても、それから先の見込や可能性、将来性といったものがないことが最大の理由だった。
そのため、工場を買い取って、また、次に新たな購入者を探そうとしていた不動産業者も自ずと低い買い値しか提示しなかったというそれだけの話だ。
両親の死後、美月に残されたのは、いまだに返済し切れていない借金の山とK町の自宅のみになった。それでも美月が最後まで家を売ろうとしなかったのは、ここが亡くなった父や母を偲ぶたった一つのよすがであったからだ。
美月はこの家で生まれ育った。秋桜の揺れる穏やかな秋の昼下がり、仲好しの友達を招いたバースデーパーティーには、母お手製のケーキが並び、子どもたちの歓声が響いた。父や愛犬のシロと庭で追いかけっこをした幼い日々。想い出のすべてを手放すことは、美月にはできなかった。
今となっては、あのふんわりとした―母の得意だったシフォン・ケーキのような甘やかで優しい日々が遠い昔の出来事のようにしか思えず、今、この家に父も母もおらず、自分一人しかいないということが現のものとも信じられない。
午後12‥00を少し回った時間、美月は長時間パソコンと睨めっこした眼の疲れを憶え、小さな吐息を洩らした。むろん、周囲の上司や同僚には知られないようにである。