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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第1章 炎と情熱の章①

 美月は女子短大の英米文学科を卒業後、今の会社に入社した。既に今年で五年めになる。皮肉にも美月の勤務先は、かつて父の工場と取り引きのあったアパレル・メーカーであった。
 元々、父がこの会社にツテがあったからこそ、その縁で入社したようなものである。あんな風に一方的に取り引きを断られた時点で、こんな会社、よほど辞めてやろうかと幾度も思った。
 しかし、短大卒で特に何の特技もウリもない美月に、おいそれと次の就職先が見つかるとも思えなかった。背に腹は代えられず、美月は口惜しさを堪え、会社に居続けたのである。
 美月はデスクの一番上の引き出しから疲れ眼用の眼薬を取り出し、手早く点眼する。
 片隅の百円ショップで買ったガラスの一輪挿しに誰が入れてくれたのか、淡いブルーの紫陽花が無造作に投げ入れられている。こんな気の利いたことをさりげなくしてくれるのは、同期の実由里だろう。
 四年制大学を出た実由里は同期入社といっても、実年齢は美月より二歳年長である。同じ頃に入社した女子社員が次々と結婚退社をして辞めてゆく中、今では美月と実由里の他に残っているのは数人になってしまった。
 ボーイッシュなショート・カットに淡いナチュラル・メークがよく似合う実由里は外見を裏切らず、さばさばした気性の持ち主だ。どちらかといえば、内向的で自分の思ったことの半分もろくに言葉にできない美月から見れば、羨ましいくらいの社交家である。
 一般的に、他人から見て美月の第一印象はあまり良いとはいえないらしい。〝クライ〟とか〝取っつきにくい〟と入社当時、陰でコソコソ囁かれ、今では〝陰険〟だと後輩の女の子たちからは早くも〝怖いお局〟扱いされる始末だ。
 同期の女子とも正直、良好な関係を築けているとはいえなかったけれど、その中でたった一人、美月と仲好くなったのが実由里だったというわけだ。実由里は言いにくいことでも笑顔でさらりと言ってのけるので、言われた方もさほどきついことを言われたとは思わないらしい。

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