紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
後になって、その言葉の意味に気付き、蒼褪めたり怒りに震えたりすることになるのだが、こういったところからも、実由里は誰からも好印象を持たれるキャラクターであった。
そんな彼女が何故、いつまでも独身どころか、彼氏の一人もいないのかを美月は訝しく思ってきた。当人に言わせれば、〝あんまりにも色気がないからよ〟とこれも何げなく笑って言うけれど、世の中の男どもはつくづく見る眼がないものだと思う。
黒縁メガネを年中かけていて、黒髪剛毛、筋金入りのストレートヘアを後ろで引っつめた色気ゼロ、愛敬ゼロ、化粧っ気ナシの〝速見の局〟(←後輩男子Sの言)と称される美月よりは、実由里の方が格段美人度も女子力も上のはずだ。
だから、その日の昼休みも間近となって漸くホッとひと息ついた時、正面から自分に向かって真っすぐ歩いてくる人物がそも誰かに気付いたときは、我が眼を疑った。
通路一つ隔てた向こうのデスクで、実由里がしきりに片眼を瞑っている。
「君の身上についてはすべて調べた」
いきなりの第一声に、美月は惚けたように口を半開きにしてその男を見上げた。
「速見美月君だね?」
こういう場合、まずは真っ先に名前を訊ね、本人であるかどうかを確認するべきだと思うのだけれど、彼は、実におざなりといった感じで美月であるかを訊ねただけであった。
「少し良いかな?」
相手は、ほんの少し歩幅を開いて立ち、長い腕を軽く胸の前で組んでいる。美月がじいっと見つめていると、わざとらしく額に落ちた前髪を煩そうにかき上げた。
言っておくが、美月はこの類の男が最も苦手であり、嫌悪を抱く対象である。自分の美しさを嫌というほど知り、どういったポーズや表情を取れば己れがいちばん魅力的に見えるかを計算し尽くした上での行動―、それらのすべてが鼻につく。
それは何も男に限らず、女性においても同じことだ。
しかし、仮にも相手は自分の勤務する会社の社長である。しかも今は昼休みの真っ只中で断る理由もさして思い浮かばない。
そんな彼女が何故、いつまでも独身どころか、彼氏の一人もいないのかを美月は訝しく思ってきた。当人に言わせれば、〝あんまりにも色気がないからよ〟とこれも何げなく笑って言うけれど、世の中の男どもはつくづく見る眼がないものだと思う。
黒縁メガネを年中かけていて、黒髪剛毛、筋金入りのストレートヘアを後ろで引っつめた色気ゼロ、愛敬ゼロ、化粧っ気ナシの〝速見の局〟(←後輩男子Sの言)と称される美月よりは、実由里の方が格段美人度も女子力も上のはずだ。
だから、その日の昼休みも間近となって漸くホッとひと息ついた時、正面から自分に向かって真っすぐ歩いてくる人物がそも誰かに気付いたときは、我が眼を疑った。
通路一つ隔てた向こうのデスクで、実由里がしきりに片眼を瞑っている。
「君の身上についてはすべて調べた」
いきなりの第一声に、美月は惚けたように口を半開きにしてその男を見上げた。
「速見美月君だね?」
こういう場合、まずは真っ先に名前を訊ね、本人であるかどうかを確認するべきだと思うのだけれど、彼は、実におざなりといった感じで美月であるかを訊ねただけであった。
「少し良いかな?」
相手は、ほんの少し歩幅を開いて立ち、長い腕を軽く胸の前で組んでいる。美月がじいっと見つめていると、わざとらしく額に落ちた前髪を煩そうにかき上げた。
言っておくが、美月はこの類の男が最も苦手であり、嫌悪を抱く対象である。自分の美しさを嫌というほど知り、どういったポーズや表情を取れば己れがいちばん魅力的に見えるかを計算し尽くした上での行動―、それらのすべてが鼻につく。
それは何も男に限らず、女性においても同じことだ。
しかし、仮にも相手は自分の勤務する会社の社長である。しかも今は昼休みの真っ只中で断る理由もさして思い浮かばない。