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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第3章 炎と情熱の章③

 美月の虚ろな眼に、ふと枕許に無造作に置かれた籠が映じた。山盛りになった紅いつややかな林檎が眼に眩しい。その傍には小さな皿に乗った剥きかけの林檎と果物ナイフが一本。
 そういえば、と、美月は今朝の出来事をぼんやりと思い出していた。三度の食事はすべて女将自らが運んでくることになっているのだが、それらは、毎回、部屋の外に盆に載せて置かれる。
 女将しかここに近付くのを許していないのは、プライバシー保護のために相違ない。押口晃司はマスコミなどからの注目度も高いため、下手に眼をつけられてはまずい。しかも、タレント並の人気を誇る彼が、女を隠れ宿に連れ込み、監禁状態で陵辱し続けているなどと外部に洩れては〝K&G〟の体面にも拘わる問題に発展しかねない。その手のスキャンダルを避けるためでもあることは明白だ。
 食事さえ摂らずに淫事に耽っていることも再々であったが、たまに晃司が廊下に置いてある食事を自ら取りに立つこともあった。
 だが、それすらも美月は全く口にしない。つまり、この三日というもの、彼女は呑まず食わずだったと言っても良かった。むろん、多少の水分は取ったけれど、固形物は全く受けつけようとしなかった。
 そんな美月を見かねたのか、今朝はほどよく温めたコーンスープを晃司がわざわざ頼んで持ってこさせたのだ。
 しかし、口移しで呑ませようとする晃司に対して、このときばかりは美月は果物ナイフを胸に握りしめ、断固として呑まないという意思表示を示した。
 その直後、晃司が取った行動は実に意外であった。何と、彼は美月から取り上げたナイフで器用に林檎を剥き、更にそれを六個に切り分け皿に載せたかと思うと、その中の一個をフォークに突き刺し、美月の口許に持ってきたのである。
 流石にそこまでされては口にしないわけにはゆかず、美月が渋々ながらひと口だけかじってみせると、晃司はまるで今にも死にそうな病人が奇蹟的な回復を遂げたように歓んだ。
 その後、晃司の手から、美月はとうとう林檎一切れ全部を食べた。
―良い子だ。
 晃司は白い歯を見せて顔を綻ばせ、幼い子どもにしてやるように美月の頭を撫でたのだ。それは美月が初めて見る晃司の人間らしい温かな笑顔だった。

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