紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
今の美月にとって、晃司に見つけ出され、再び連れ戻されるのは、いちばん怖るべきことだった。万が一、店員が不審者がいるなどと警察に通報すれば、厄介な事になってしまう。
恐らく晃司の方も、美月の行方を探しているのではないか。当然ながら、警察に捜索願を出していることも考えられるから、だとすれば、警察に連れてゆかれれば、そこから美月の居所があの男の知るところとなってしまう怖れもある。
それだけは何としてでも避けたい。あっさりと諦めてくれれば良いが、執念深いあの男がそうそう容易く見逃すとも思えない。
美月は適当にカゴに入れた商品を持って、レジの前に立った。
レジにいたのは、若い男だった。百六十センチはある美月より更に頭一つ分以上高い。晃司もかなり上背のある方だと思ったけれど、この少年は数センチは高いのではないか。そう、店番をしていた男は青年というより、まだ少年と呼ぶにふさわしい年齢であった。
いや、言うなれば、まさに少年から大人の男への過渡期の鮮やかな変貌を遂げている真っ只中であろうか。
美月が無造作に台の上にカゴを乗せると、少年がカゴの中から一つ一つ商品を取り、スキャナでバーコードを読み始める。安物の口紅、ガーゼのハンカチ、菓子パン、野菜ジュースと次々に値段をレジに打ち込んでゆく。
美月は少年の手際の良い動きをぼんやりと眺めながら、他のものはともかく、口紅だけは必要のないものだったと独りごちた。
その時、〝先生〟と愕いたような声が上がり、美月はハッと我に戻った。レジの向こうにいる少年が眼を見開いて美月を見つめている。
「金田君?」
美月もまた、信じられない想いで眼前の少年をまじまじと見直す。間違いない、今、美月の真ん前に立ち茫然と声をなくしているのは、金田勇一だった。
勇一は、かつて美月が語学学校の講師をしていた頃、受け持ったことのある生徒である。
といっても、既に五年前のことになる。短大二年の時、美月は駅ビルの三階にある英会話スクールでアルバイトをしていた。
言わずと知れた語学の教師である。勇一は在日韓国人で、正しくいえば、父親が日本人、母親が韓国人のハーフだった。商社マンの父が独身の砌、韓国の支社に赴任していたときに知り合い、結ばれたのだ。
恐らく晃司の方も、美月の行方を探しているのではないか。当然ながら、警察に捜索願を出していることも考えられるから、だとすれば、警察に連れてゆかれれば、そこから美月の居所があの男の知るところとなってしまう怖れもある。
それだけは何としてでも避けたい。あっさりと諦めてくれれば良いが、執念深いあの男がそうそう容易く見逃すとも思えない。
美月は適当にカゴに入れた商品を持って、レジの前に立った。
レジにいたのは、若い男だった。百六十センチはある美月より更に頭一つ分以上高い。晃司もかなり上背のある方だと思ったけれど、この少年は数センチは高いのではないか。そう、店番をしていた男は青年というより、まだ少年と呼ぶにふさわしい年齢であった。
いや、言うなれば、まさに少年から大人の男への過渡期の鮮やかな変貌を遂げている真っ只中であろうか。
美月が無造作に台の上にカゴを乗せると、少年がカゴの中から一つ一つ商品を取り、スキャナでバーコードを読み始める。安物の口紅、ガーゼのハンカチ、菓子パン、野菜ジュースと次々に値段をレジに打ち込んでゆく。
美月は少年の手際の良い動きをぼんやりと眺めながら、他のものはともかく、口紅だけは必要のないものだったと独りごちた。
その時、〝先生〟と愕いたような声が上がり、美月はハッと我に戻った。レジの向こうにいる少年が眼を見開いて美月を見つめている。
「金田君?」
美月もまた、信じられない想いで眼前の少年をまじまじと見直す。間違いない、今、美月の真ん前に立ち茫然と声をなくしているのは、金田勇一だった。
勇一は、かつて美月が語学学校の講師をしていた頃、受け持ったことのある生徒である。
といっても、既に五年前のことになる。短大二年の時、美月は駅ビルの三階にある英会話スクールでアルバイトをしていた。
言わずと知れた語学の教師である。勇一は在日韓国人で、正しくいえば、父親が日本人、母親が韓国人のハーフだった。商社マンの父が独身の砌、韓国の支社に赴任していたときに知り合い、結ばれたのだ。