紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
当時、勇一の母は同じ会社の営業事務を担当する社員であった。
勇一は父の仕事の関係で十歳まで韓国で育ち、小学五年生の冬に父が帰国して本社に戻ったのに伴い、母と共に日本に渡った。その経緯があってか、韓国語だけでなく日本語も流暢に話すし、ちょっと見には誰も彼が日本人ではなく韓国人だとは思わなかった。
美月でさえ、勇一本人から打ち明けられるまで、そんなことは考えてもみなかった。
美月が講師のバイトを務めていた時分、勇一は確か中三だったと記憶している。まだ弱冠、十五歳ながら、地に足の着いたしっかりとした少年だと感心したこともよく憶えていた。
当時、勇一は将来、父のような世界各国を股にかけて活躍する商社マンになりたいと夢を語り、その実現のために英語の勉強を頑張っていた。わずか十五歳の中学生がはや、将来の夢や目標を持ち、それに向かって邁進する姿に、美月は自分が恥ずかしくなった。
その頃の美月ときたら、洋服代や映画代のために語学教師のバイトをしていたにすぎず、将来のことなんか真面目に考えたこともなかったのだ。
勇一に出逢って、美月は初めて自分の将来について真剣に考え始めた。とりあえずは就職して、OLをしながら司法書士の資格を取り、いずれは独立したいという夢をはっきりと意識したのは、実はそのときのことだ。
勇一の本名は金尚勇という。何故、正式名が韓国人としてのものなのかといえば、一人娘だった母のことを考え、父が母方の金家に婿入りしたからだ。日本で金田勇一と名乗っているのは、あくまでも判りやすく他人にすぐに読めるようにと日本風の仮の名を使っているにすぎない。
だが、美月を初め、語学学校の誰もが彼のことを〝金田君〟と呼んでいたし、親しい友人たちは〝勇〟と親しみを込めて通称で呼んだ。
「先生、速見先生でしょ? うっわあ、懐かしいなァ」
勇一は五年前と同じように、美月を親しげに〝先生〟と呼んだ。
美月の記憶が一挙に巻き戻される。
愉しかった日々―、大学での女友達との他愛ないやりとり、放課後、講義が終わった後、駅の近くの〝マクド〟でハンバーガーとシェークを手にして、格好良い男の子たちの噂話に盛り上がったこと、週末には、いつも勇一の通うスクールで大勢の生徒たちに英会話を教えていたこと。
勇一は父の仕事の関係で十歳まで韓国で育ち、小学五年生の冬に父が帰国して本社に戻ったのに伴い、母と共に日本に渡った。その経緯があってか、韓国語だけでなく日本語も流暢に話すし、ちょっと見には誰も彼が日本人ではなく韓国人だとは思わなかった。
美月でさえ、勇一本人から打ち明けられるまで、そんなことは考えてもみなかった。
美月が講師のバイトを務めていた時分、勇一は確か中三だったと記憶している。まだ弱冠、十五歳ながら、地に足の着いたしっかりとした少年だと感心したこともよく憶えていた。
当時、勇一は将来、父のような世界各国を股にかけて活躍する商社マンになりたいと夢を語り、その実現のために英語の勉強を頑張っていた。わずか十五歳の中学生がはや、将来の夢や目標を持ち、それに向かって邁進する姿に、美月は自分が恥ずかしくなった。
その頃の美月ときたら、洋服代や映画代のために語学教師のバイトをしていたにすぎず、将来のことなんか真面目に考えたこともなかったのだ。
勇一に出逢って、美月は初めて自分の将来について真剣に考え始めた。とりあえずは就職して、OLをしながら司法書士の資格を取り、いずれは独立したいという夢をはっきりと意識したのは、実はそのときのことだ。
勇一の本名は金尚勇という。何故、正式名が韓国人としてのものなのかといえば、一人娘だった母のことを考え、父が母方の金家に婿入りしたからだ。日本で金田勇一と名乗っているのは、あくまでも判りやすく他人にすぐに読めるようにと日本風の仮の名を使っているにすぎない。
だが、美月を初め、語学学校の誰もが彼のことを〝金田君〟と呼んでいたし、親しい友人たちは〝勇〟と親しみを込めて通称で呼んだ。
「先生、速見先生でしょ? うっわあ、懐かしいなァ」
勇一は五年前と同じように、美月を親しげに〝先生〟と呼んだ。
美月の記憶が一挙に巻き戻される。
愉しかった日々―、大学での女友達との他愛ないやりとり、放課後、講義が終わった後、駅の近くの〝マクド〟でハンバーガーとシェークを手にして、格好良い男の子たちの噂話に盛り上がったこと、週末には、いつも勇一の通うスクールで大勢の生徒たちに英会話を教えていたこと。