
紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第4章 光と陽だまりの章
この頃、美月は司法書士の勉強を再開していた。将来は独立して自分の事務所を持ちたいのだと話すと、勇一は最初、随分と愕いていた。
―やぱり、先生は凄いな。
そう言った後で、こう続けたのだ。
―やりなよ、先生。俺も応援するからさ。
しかし、いつまでも勇一の親切に甘えてばかりはいられない。美月は自分も何か仕事を探すつもりだということをこの際、勇一に告げた。
が、勇一は真顔で言った。
―先生は今でも掃除や洗濯をやってくれてるじゃないか。おまけに飯の支度までさせちまって、俺はかえって申し訳ないと思ってるんだ。それだけやってくれてるんだから、先生は大いばりでいりゃア良いんだよ。先生、そんなつまらないことをうじうじと考えるより、折角大きな夢があるんだから、夢に向かって頑張れよ。俺、心から応援するよ、だから、なっ、やってみなよ。
勇一のそのひと言が、迷っていた美月の心を動かした。その日から、美月は再び資格を取るための勉強を始め、しばらく休んでいた翻訳の仕事も合間にこなすようになった。
この副業のお陰で、わずかながらも収入が入るようになり―むろん、勇一は要らないと受け取ろうとしなかったのだが―、美月は入った収入の半分を勇一に渡すようになった。
―水臭えな。
勇一は初め、嫌そうな顔をしていたが、渋々ながら美月の出す金を受け取るようになった。美月は知らないことだけれど、勇一はその金には一切手をつけず、美月の名義で貯金をしていたのだ。
九月の下旬と言っても、日中はともかく夜は少しひんやりとしている。それでも、鍋をつつく勇一は顔を真っ赤にして、額にうっすらと汗をかいている。
「暑いなァ」とぼやきながら、Tシャツの上に着ていた薄手のニットのセーターを勢いよく脱いだ。そのセーターは、何を隠そう美月が編んだものだ。勇一の優しさに何か報えることがないかと考えて思いついたのが、彼のためにセーターを編むことであった。
落ち着いたブルーグレーの色目が勇一の理知的で優しげな顔立ちによく似合っている。押口晃司ほどではないにせよ、勇一もまた、なかなかの整った容貌の好青年だ。
このセーターは、本来はもう少し先の季節―冬に着て貰うつもりで編んだのだが、勇一はよほどこの予期せぬプレゼントが嬉しかったらしく、もう早々と身につけている。
―やぱり、先生は凄いな。
そう言った後で、こう続けたのだ。
―やりなよ、先生。俺も応援するからさ。
しかし、いつまでも勇一の親切に甘えてばかりはいられない。美月は自分も何か仕事を探すつもりだということをこの際、勇一に告げた。
が、勇一は真顔で言った。
―先生は今でも掃除や洗濯をやってくれてるじゃないか。おまけに飯の支度までさせちまって、俺はかえって申し訳ないと思ってるんだ。それだけやってくれてるんだから、先生は大いばりでいりゃア良いんだよ。先生、そんなつまらないことをうじうじと考えるより、折角大きな夢があるんだから、夢に向かって頑張れよ。俺、心から応援するよ、だから、なっ、やってみなよ。
勇一のそのひと言が、迷っていた美月の心を動かした。その日から、美月は再び資格を取るための勉強を始め、しばらく休んでいた翻訳の仕事も合間にこなすようになった。
この副業のお陰で、わずかながらも収入が入るようになり―むろん、勇一は要らないと受け取ろうとしなかったのだが―、美月は入った収入の半分を勇一に渡すようになった。
―水臭えな。
勇一は初め、嫌そうな顔をしていたが、渋々ながら美月の出す金を受け取るようになった。美月は知らないことだけれど、勇一はその金には一切手をつけず、美月の名義で貯金をしていたのだ。
九月の下旬と言っても、日中はともかく夜は少しひんやりとしている。それでも、鍋をつつく勇一は顔を真っ赤にして、額にうっすらと汗をかいている。
「暑いなァ」とぼやきながら、Tシャツの上に着ていた薄手のニットのセーターを勢いよく脱いだ。そのセーターは、何を隠そう美月が編んだものだ。勇一の優しさに何か報えることがないかと考えて思いついたのが、彼のためにセーターを編むことであった。
落ち着いたブルーグレーの色目が勇一の理知的で優しげな顔立ちによく似合っている。押口晃司ほどではないにせよ、勇一もまた、なかなかの整った容貌の好青年だ。
このセーターは、本来はもう少し先の季節―冬に着て貰うつもりで編んだのだが、勇一はよほどこの予期せぬプレゼントが嬉しかったらしく、もう早々と身につけている。
