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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第4章 光と陽だまりの章

 寝むときは別々の部屋に行くのが常で、勇一は六畳の和室、美月はそれまで彼が使っていた隣室を使っている。そこはフローリングで、勇一は美月のためにベッドを空けてくれた。
 その部屋も元々は畳だったのを、勇一が大家に了解を取った上で改築したらしい。むろん、入居者の都合で改築する際は、費用はすべて個人持ちである。
 そのため、勇一の寝室は、一見しては古いアパートとは思えない、洒落た雰囲気だ。そちらの方が広くて陽当たりも良く、美月はいつも勇一に申し訳ないと思っているのだった。
 互いに床に就くまでは、六畳の部屋―つまり、今、食事を取っている場所だ―で一緒にいるのが何となく日課のようになってしまった。別に取り立てて何をするわけでもない。夕飯が済んだ後は、二人で借りてきたDVDを見たり、美月は新聞を広げる勇一の傍で、問題集を広げたりする。
 二人共にあまり喋る方ではないため、二人でいても静かな時間が多いのに、その静寂はけして気づまりなものではなく、むしろ心地良いものだった。
 ところが、今夜はどうだろう。二人だけでいると、押し潰されそうなほど沈黙が重くのしかかってくる。
 その想いは勇一も同じだったのか、やがて、唐突に立ち上がった。
「ちょっと外に行ってくる」
 ポッキーを連れ、勇一はプイと外に出ていってしまった。
 勇一は一週間のうち、四日は夜のバイトに出かける。大抵、午後十時少し前に出かけて、深夜を回った午前一時過ぎに帰ってくる。その間、美月は起きて待っていることもあれば、先に寝ていることもあった。それでも、勇一が帰ってくると思えば、淋しくはなかった。
 だが、今夜だけは違った。もしかしたら、勇一がこのまま帰ってこないのではないか。そう考えただけで、心細さに叫び出しそうになってしまう。
 いくら待っても、勇一は帰らなかった。美月は諦めて夜の十二時を回った頃に、自分の部屋に戻った。
 掛け布団を顎の上まで引き上げながら、美月は涙が頬を濡らすに任せた。
―もしかしたら、私は金田君を好きになってしまったのかもしれない。
 灯りもつけない真っ暗な部屋の中で、この時、美月は初めて自分の心に灯った想いを自覚した。

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