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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第5章 光と陽だまりの章②

 最初のときと同じように内診を受けた後、勇一と共に別の部屋に呼ばれた。
「順調ですね、この分だと出産は来年の五月くらいになるでしょう」
 銀縁メガネをかけた医師は、あの老医師と同じく口髭をたくわえている。淡々と喋るのに、不思議と人柄の温かさが伝わってくる医師だ。こんなところも老医師と雰囲気がよく似ているような気がする。
 そこまで考えて、美月はハッとした。
 親子とは本来、そういうものだ。父と子は自然と顔形も似るし、子は外見だけではなく性格まで親のものを受け継ぐ。
 美月はその当たり前すぎる事実に今更ながら気付き、愕然とする。
 それでは、今、美月の胎内で日毎にめざましい成長を遂げているこの子は、あの男に似ているのだろうか。美月の優しさに付け込み、騙すようにして連れ出し、旅館の一室に閉じ込めてレイプしたあの男に。
 それは、怖ろしい考えたくもないことだった。
―嫌だ!!
 美月は震える両手を膝の上で固く握りしめた。あんな卑劣な男にそっくりな子どもなど、美月にとって絶対に認めてはならない存在だ。
 その時、少し苛立ったような声が物想いに沈む耳を打った。
「―速見さん、速見さん!?」
 ハッと弾かれたように顔を上げると、壮年の医師がじいっとこちらを見ている。
「どうかされましたか? ご気分でも悪いのですか?」
 迂闊にも考えに耽っていて、医師の話を聞いていなかったようだ。
「済みません、ついぼんやりとしていました」
 美月が詫びると、医師は手許のカルテをもう一度確認するように眺めてから、こちらに向き直った。
「お訊ねする必要はないでしょうが、一応、念のためにお訊きします。速見さん、赤ちゃんは生みますよね?」
 刹那、美月の身体がピクリと震えた。
「いや、実は、うちの看護士から少し気になることを耳にしたものですから」
 医師は少し躊躇ってから、なお言いにくそうに話した。
「丁度一週間前でしたか、速見さんが初診に来られた際、診察後に待合室でひどく泣いて、取り乱しておられたと聞きました。その様子がどう見ても、赤ちゃんができたことを歓ぶお母さんのものではなかったと申しておりましてね」

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