紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第5章 光と陽だまりの章②
美月がさっと蒼褪める。
やはり、見られていたのだ。当然だろう、丸く膨らんだお腹をいかにも愛おしげに撫でる幸せそうな妊婦たちの中で、泣きじゃくる美月の姿はさぞ目立ったに違いない。周囲の人々の眼に異様に映ったとしても致し方のないことだ。
「このようなことを申し上げるのは失礼だと承知でお訊ねします。そちらは、速見さんのご主人ですか? 保険証を見せて頂いたところ、速見さんのお名前は、速見ではなく、押口となっていますが、お隣においでなのがご主人の押口晃司さんですか?」
「あ―」
美月は片手で口許を押さえた。何も言えない、言えるはずもない。美月は医師の指摘するとおり、〝速見美月〟ではなく、〝押口美月〟なのだから。
だが、これで勇一にもすべて知られてしまった。
美月がいまだに嘘をついていたことも、実は既に結婚し、人妻となっていたことも。
その時、傍らから勇一がすかさず叫んだ。
「そうです、俺―いえ、僕が押口晃司です。美月の夫です。女房はいまだに人前では旧姓を名乗っているので、紛らわしくて困ってるんですよ、ご迷惑をおかけして、済みません」
「なるほど、そうでしたか。それでは、速見―」
言いかけて、医師は訂正した。
「押口さん、赤ちゃんは生みますね?」
もう一度確認するように問われ、美月は唇を戦慄かせた。
「あの、私は―」
が、今度も美月が何か言う前に横から勇一が割って入った。
「生みます! 大丈夫です、ちゃんと生みます。だから、先生。どうかこれからもよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた勇一を見、医師は初めて表情を緩ませた。
「判りました。私もできるだけのことをさせて貰います。今のところ、お腹の赤ちゃんも順調に育っているようですから、心配は何もありませんよ。来年の五月には元気な赤ちゃんが生まれるでしょう」
病院を出た後、しばらく二人は無言で歩いた。しばらくして、勇一がポツリと呟くように言った。
やはり、見られていたのだ。当然だろう、丸く膨らんだお腹をいかにも愛おしげに撫でる幸せそうな妊婦たちの中で、泣きじゃくる美月の姿はさぞ目立ったに違いない。周囲の人々の眼に異様に映ったとしても致し方のないことだ。
「このようなことを申し上げるのは失礼だと承知でお訊ねします。そちらは、速見さんのご主人ですか? 保険証を見せて頂いたところ、速見さんのお名前は、速見ではなく、押口となっていますが、お隣においでなのがご主人の押口晃司さんですか?」
「あ―」
美月は片手で口許を押さえた。何も言えない、言えるはずもない。美月は医師の指摘するとおり、〝速見美月〟ではなく、〝押口美月〟なのだから。
だが、これで勇一にもすべて知られてしまった。
美月がいまだに嘘をついていたことも、実は既に結婚し、人妻となっていたことも。
その時、傍らから勇一がすかさず叫んだ。
「そうです、俺―いえ、僕が押口晃司です。美月の夫です。女房はいまだに人前では旧姓を名乗っているので、紛らわしくて困ってるんですよ、ご迷惑をおかけして、済みません」
「なるほど、そうでしたか。それでは、速見―」
言いかけて、医師は訂正した。
「押口さん、赤ちゃんは生みますね?」
もう一度確認するように問われ、美月は唇を戦慄かせた。
「あの、私は―」
が、今度も美月が何か言う前に横から勇一が割って入った。
「生みます! 大丈夫です、ちゃんと生みます。だから、先生。どうかこれからもよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた勇一を見、医師は初めて表情を緩ませた。
「判りました。私もできるだけのことをさせて貰います。今のところ、お腹の赤ちゃんも順調に育っているようですから、心配は何もありませんよ。来年の五月には元気な赤ちゃんが生まれるでしょう」
病院を出た後、しばらく二人は無言で歩いた。しばらくして、勇一がポツリと呟くように言った。