紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第5章 光と陽だまりの章②
どこかの保育園の子どもたちが散歩にでも来ているのだろうか、薄蒼いスモックにチューリップの形をした名札をつけた園児たちが歓声を上げて走り回っている。
樹の下ではその中の数人の子どもたちが降り積もった黄金色の葉っぱの上で転がり回り、女の子二人は仲好く座って、拾った葉をつないで首飾りにしていた。
引率の保育士らしい若い女性が声をかけると、子どもたちはまた、行儀良く二列に並んで帰ってゆく。子どもたちがはしゃぎながら通り過ぎるのを眺めながら、勇一が呟いた。
「生まれてくるのは男かな、女かな」
それは、まるで自分の子どもの誕生を待ち侘びる若い父親の表情そのものに見えた。
透明な秋の陽差しを浴びた勇一の横顔はほどよく整っている。時折、風もないのに、片隅に植わった銀杏の樹が黄金色の葉を降らせた。
陽差しが溢れるような光の輪を地面に描き、美月は勇一と並んでその中に佇んでいる。
頭上から降り注ぐ鮮やかな木の葉が、澄んだ陽光の中で躍っていた。美月はあまりの眩しさに、軽いめまいを憶え、眼をまたたかせる。
鮮やかに染まった無数の木の葉が一斉に降ってくる。あまりに眩しくて額にかざした手のひらの上に、一枚の葉が舞い降りた。
その時、美月の中で閃くものがあった。
これは、いつか見た夢と同じだ。そう、あの不思議な夢を見た日、美月は晃司から突如として社長室に呼ばれ、契約結婚の話を聞かされたのだ。
あの夢を見た当初、美月はまるで夢とは思えないリアルさに戸惑ったものだった。果たして、あれが何かの暗示だったのかと考えてみたけれど、応えが見つかるはずもなく、そのうち、時間が経つにつれて、あの夢のことも忘れてしまった。
だが、今、まさにこの瞬間、あの夢とそっくりそのままの状況に置かれ、夢で見た光景を目の当たりにしていると、確かにあの日、見た夢には意味があったのだと思えてくる。
あれは恐らく、予兆だったのだろう。
でも、と、美月は更に考えた。仮にあの夢が正夢とか予知夢だというのなら、あの朝、美月は未来を見たことになる。あの夢を見た日、晃司から〝契約〟を持ちかけられ、迷ったものの結局は承諾した。
あの日の朝は、この日へと続いていた。ならば、晃司との不運としか言いようのない出逢いもまた、この日へと繋がっていた―?
樹の下ではその中の数人の子どもたちが降り積もった黄金色の葉っぱの上で転がり回り、女の子二人は仲好く座って、拾った葉をつないで首飾りにしていた。
引率の保育士らしい若い女性が声をかけると、子どもたちはまた、行儀良く二列に並んで帰ってゆく。子どもたちがはしゃぎながら通り過ぎるのを眺めながら、勇一が呟いた。
「生まれてくるのは男かな、女かな」
それは、まるで自分の子どもの誕生を待ち侘びる若い父親の表情そのものに見えた。
透明な秋の陽差しを浴びた勇一の横顔はほどよく整っている。時折、風もないのに、片隅に植わった銀杏の樹が黄金色の葉を降らせた。
陽差しが溢れるような光の輪を地面に描き、美月は勇一と並んでその中に佇んでいる。
頭上から降り注ぐ鮮やかな木の葉が、澄んだ陽光の中で躍っていた。美月はあまりの眩しさに、軽いめまいを憶え、眼をまたたかせる。
鮮やかに染まった無数の木の葉が一斉に降ってくる。あまりに眩しくて額にかざした手のひらの上に、一枚の葉が舞い降りた。
その時、美月の中で閃くものがあった。
これは、いつか見た夢と同じだ。そう、あの不思議な夢を見た日、美月は晃司から突如として社長室に呼ばれ、契約結婚の話を聞かされたのだ。
あの夢を見た当初、美月はまるで夢とは思えないリアルさに戸惑ったものだった。果たして、あれが何かの暗示だったのかと考えてみたけれど、応えが見つかるはずもなく、そのうち、時間が経つにつれて、あの夢のことも忘れてしまった。
だが、今、まさにこの瞬間、あの夢とそっくりそのままの状況に置かれ、夢で見た光景を目の当たりにしていると、確かにあの日、見た夢には意味があったのだと思えてくる。
あれは恐らく、予兆だったのだろう。
でも、と、美月は更に考えた。仮にあの夢が正夢とか予知夢だというのなら、あの朝、美月は未来を見たことになる。あの夢を見た日、晃司から〝契約〟を持ちかけられ、迷ったものの結局は承諾した。
あの日の朝は、この日へと続いていた。ならば、晃司との不運としか言いようのない出逢いもまた、この日へと繋がっていた―?