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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第6章 光と陽だまりの章③

―どうしてなのかしら。
 キスは平気だし、抱きしめられてもその腕の中を何より心地良い場所だと思えるのに、どうしてそれ以上は進めないのか。
 勇一に申し訳なくて涙ぐむ美月を勇一はそっと抱きしめて、髪を撫でてくれる。
―俺は待つから、大丈夫だよ。美月。
 いつしか勇一は美月を〝さん〟はつけずに、呼び捨てにするようになっていた。
 勇一の言うように果たして本当にそんな日が―勇一のすべてを何もかも受け容れられる日がくるのかと一抹の不安はあるけれど、不思議なことに、彼が〝大丈夫〟と囁くと、何でもうまくゆくように思えてくるのだった。
 翌日の夜、いつもの時間に勇一はバイトに出ていった。むろん、妻の出産に立ち会うため、急遽休みを取った店員の代わりを務めるためである。Xマス・イブは駄目になってしまったけれど、まだ明日のクリスマスもある。
 美月は立ち直りが早い。それは、自他共に認める長所でもある。要するに、いつまでも落ち込んでばかりいられないというのか、クヨクヨと悩んでいられないのである。まぁ、良くいえば前向き、ポジティブともいえるし、逆に、楽天的ともいえるだろう。
 よく他人から〝あなたって見かけによらず、楽観主義なのね〟と指摘される。見かけによらず―という表現には著しく傷つくけれど、一見してネクラだと思われがちな美月だから、恐らく四角四面で融通のきかない生真面目な性格だと見られるのだろう。
 それに、自分もまた、遠からず出産を控えた身ならば、今、生みの苦しみと闘っているという見ず知らずの女性にも自ずと親近感を抱いてしまう。
 美月はその女性の無事な出産を祈りながら、その日一日を普段と変わりなく過ごした。
 午前零時を回り、新しい日付になった。この瞬間から、もう二十五日だ。
 夕方からあの病院で帝王切開の手術を受けたという女性は、つつがなく出産を終えただろうか。他人事ながら、ずっと気になっていた美月であった。
 美月は壁のカレンダーを眺める。クリスマスが近付くにつれて、カレンダーの日付を確かめる回数が増えた。赤丸をつけた肝心のイブはとうとう終わってしまったけれど、今日は二十五日、これからが本番だ。
 美月は時計の針が12:30を指したところで、どうにも我慢し切れなくなり、立ち上がった。

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