紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第6章 光と陽だまりの章③
店内はけして広くはないが、ラベンダーやマグノリア、ローズなどのフレグランス・サシェ(匂い袋)が籐製の小さな籠に入ってさり気なく並べられていたり、小さくて可愛らしい小物が一杯あるので、眺めているだけで時が経ってしまう。
高校生や若い女性に人気の店だ。十月の終わりのあの日、勇一が美月にプレゼントしてくれたオルゴールは宝物となっている。今では形見となってしまった父の使っていた腕時計や母から譲られたパールのネックレスなど、大切な物を入れている。
美月はこの店には買い物の帰りに立ち寄ることが多かった。今のこの時間は、当然、閉まっていて、灯りも消えている。切り株の形をした看板の隣に飾ってある緑のクリスマス・リースが冷たい雨風にかすかに揺れていた。
〝Noel〟の前を通り過ぎてほどなく、雨が本降りになった。風まで出てきて、天候はさながら嵐のような様相を呈してきた。烈しい風に混じって、雨が叩きつけるように降ってくる。
美月は突風で何度も傘を飛ばされそうになりながらも、勇一のいるコンビニまで辿り着こうと必死だった。上に羽織ったニットのパーカどころか、下に着たセーターやズボンまで雨のせいで、びしょ濡れになってしまった。
だが、濡れた衣服が気持ち悪いどころではない。
万が一にも強風に煽られて転倒したりすれば、お原の赤ン坊を危険に晒すことになる。濡れたままでいて風邪を引き込んでも良くないだろう。
あれほど晃司の血を引く子を生むことを躊躇っていたにも拘わらず、今、美月はお腹の子どもを全力で守ろうとしている。それは紛うことなき母の姿であった。
―一刻も早く勇一さんのところに行かなければ、お腹の子どもがどうなってしまうか判らない。
美月は焦燥感に駆られながら、懸命に前に進もうとするが、逆風の中を歩くのは至難の業であった。ともすれば、真っ向から吹きつけてくる風に飛ばされそうになってしまう。
と、突如として前方をまばゆいほどの光が照らした。どうやら、対向車のヘッドライトのようだ。美月は徐々に近付いてくる光に眼を射抜かれ、思わず眩しさに手で顔を覆った。
車は猛スピードでこちらに向かってくる。そのまま派手な水飛沫を上げて走り去ると思いきや、車は急ブレーキをかけて美月のすぐ脇にピタリと止まった。暗くて車の色は判らなかったけれど、流線型のボディーのこのスポーツカーには見憶えがあった。
高校生や若い女性に人気の店だ。十月の終わりのあの日、勇一が美月にプレゼントしてくれたオルゴールは宝物となっている。今では形見となってしまった父の使っていた腕時計や母から譲られたパールのネックレスなど、大切な物を入れている。
美月はこの店には買い物の帰りに立ち寄ることが多かった。今のこの時間は、当然、閉まっていて、灯りも消えている。切り株の形をした看板の隣に飾ってある緑のクリスマス・リースが冷たい雨風にかすかに揺れていた。
〝Noel〟の前を通り過ぎてほどなく、雨が本降りになった。風まで出てきて、天候はさながら嵐のような様相を呈してきた。烈しい風に混じって、雨が叩きつけるように降ってくる。
美月は突風で何度も傘を飛ばされそうになりながらも、勇一のいるコンビニまで辿り着こうと必死だった。上に羽織ったニットのパーカどころか、下に着たセーターやズボンまで雨のせいで、びしょ濡れになってしまった。
だが、濡れた衣服が気持ち悪いどころではない。
万が一にも強風に煽られて転倒したりすれば、お原の赤ン坊を危険に晒すことになる。濡れたままでいて風邪を引き込んでも良くないだろう。
あれほど晃司の血を引く子を生むことを躊躇っていたにも拘わらず、今、美月はお腹の子どもを全力で守ろうとしている。それは紛うことなき母の姿であった。
―一刻も早く勇一さんのところに行かなければ、お腹の子どもがどうなってしまうか判らない。
美月は焦燥感に駆られながら、懸命に前に進もうとするが、逆風の中を歩くのは至難の業であった。ともすれば、真っ向から吹きつけてくる風に飛ばされそうになってしまう。
と、突如として前方をまばゆいほどの光が照らした。どうやら、対向車のヘッドライトのようだ。美月は徐々に近付いてくる光に眼を射抜かれ、思わず眩しさに手で顔を覆った。
車は猛スピードでこちらに向かってくる。そのまま派手な水飛沫を上げて走り去ると思いきや、車は急ブレーキをかけて美月のすぐ脇にピタリと止まった。暗くて車の色は判らなかったけれど、流線型のボディーのこのスポーツカーには見憶えがあった。