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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第6章 光と陽だまりの章③

 茫然とする美月の面前で、車の運転席の窓ガラスがするすると開く。
「久しぶりだな」
 しのつく真冬の雨を思わせる冷たい声は、間違いなくあの男のものだった―。
 美月は蒼白になり、小さく首を振って後ずさる。
 しかし、背後は住宅のブロック塀になっていて、完全に車と塀の間に閉じ込められる形であった。
「何だ、まるで幽霊でも見たような顔をしているな。四ヵ月ぶりに夫に逢った妻の取る態度ではないぞ?」
 揶揄するような物言いとは裏腹に、その表情は夜目でもはっきりと判るほど酷薄そうな笑みを刻んでいた。
「こんな雨の中で立ち話も何だ、乗りなさい」
 かつてあの温泉宿で風呂に入れと命じたときと全く同じ傲岸な口調で、晃司が言う。
 まるで、この世には自分の意に従わぬ者は一人たりともいないと信じ切っているかのような態度だ。
 美月が嫌々というように首を振ると、晃司は皮肉げに言った。
「お前は、いつまでここに立っているつもりだ? 俺は一向に構いはしないが、意地を張るのも良い加減にしないと、腹の子がどうなっても知らないぞ?」
「―!」
 刹那、美月は頬をしなやかな鞭でピシリと打たれたかのような衝撃を受けた。何故、どうして、この男が美月の妊娠を知っている―?
 ショックでわなわなと震えている彼女に向かって、晃司は禍々しいほどあでやかな笑みを浮かべた。
「お前という女は、つくづく淫乱で恥知らずな女だな。俺の許を逃げ出して一緒になった男と夫婦気取りで産婦人科にも通っているそうだが」
 晃司が馬鹿にしたように嗤った。
「俺が何も知らないとでも思ったか? 幾らお前が俺から逃げようとしても、俺はすべて知っている」
 その言葉に、脳天を鉄槌で打たれたような心地がした。
「俺を甘く見るなといつかも言っただろう?」
 我が意を得たりとばかりに呟く晃司を前に、美月はすべてを察した。
 この男の言うことに恐らく嘘はないのだろう。

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