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♢Fallen Angel♢

第2章 *

ミキサーの音がキッチンに響き、オーブンからオレンジの明かりが漏れる。
一段落して壁の時計を見ると針は夕刻を指していた。
痺れを切らして電話を鳴らすとコール音の後、留守電に繋がれるだけで駿の声を聞くことはない。
外に目を向けると、テラスの窓が群青に暗く染められていく。
バスルームに入るとバスタブに湯を張り
「唯、こっち来て」
大きな声で呼び、タオルを用意していると駆け寄り足に絡みつく。
「いいから脱いで」
服を脱がすと何か言いたそうに振り返る。
「ひとりで洗えるでしょ?」
背中を押してドアを閉めると、また携帯を鳴らした。
コール音の後、留守電に繋がり
「何で出ないの?」
苛立ちに小さな声が漏れる。
キッチンに戻り、出来上がったばかりのポタージュと鶏と野菜のグリルを並べ、いつもより華やかにテーブルを彩る。
バスルームに戻るとドアを開けて
「いつまで入ってるの?遊んでないでこっちに来て」
泡にまみれた体をシャワーで流し、タオルで拭って着替えさせる。
頬を赤く染めてダイニングの椅子に座った。
大皿から取り分けると
「先に食べてて」
キッチンに戻り再び携帯を鳴らすと何度目かのコール音でやっと繋がり
「駿?どこにいるの?」
タバコを咥え火をつけた。
『電話気付かなかったよ…ごめんね。今実家なんだけど、帰れそうになくて…』
「そうなんだ…」
煙を吐き出す。
『もう戻らないと…また後で連絡するね』
「今日は莉那(りな)と会って、その後仕事だからかけなくていいよ」
『わかった』
タバコを灰皿に立て掛けると青白い煙がレンジフードに吸い込まれていく。
携帯をテーブルに乱暴に置き、並べた皿の料理を捨てていく。
「しゅんは?」
丸い目が不安げに見上げる。
「帰って来れないんだって」
目線を逸らせてテーブルを拭く。
「…ふうん」
「時間がないから早く食べて」
指先を小さく絡めて俯いた。
「食べないんだったら駿のご飯みたいに捨てようか?」
強い口調に首を振りフォークで少しずつ口に運ぶ。
半分ほどになったタバコの灰を落として、吸い込むと白い煙と一緒にため息を吐き出し灰皿に押し付けて火を消した。
汚れた唯の口元を拭うと、皿をそのまま残して慌てて二人分の支度を終わらせて、下に待たせたタクシーに乗り込んだ。
隣で眠そうに瞼を擦り、小さな欠伸を漏らしている。

このまま眠ってくれたら楽なのに…

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