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♢Fallen Angel♢

第2章 *

急いでタクシーに乗り込み歓楽街へと走らせる。
降りるとピンヒールの踵を鳴らして振り向く人の波を縫い、息をきらせながら店のドアを開けた。
「遅くなって…すいません」
「いいから早く着替えてきて。お客さんは先に来て待ってるんだから」
店長の穏やかな笑顔と冷めた口調に愛想笑いを向ける。
上がる息で着替えを済ませて呼吸を整えるとロッカーから出た。
ボーイに呼ばれると後を続き、テーブルからテーブルへと移動していく。
ヘルプに着いている女に愛想を振り撒きながら客の機嫌を取り、少しでも長く延長をさせては売上の為にボトルを空けていき、甘えてはサイドメニューをねだる。
仕事が終わる頃には気疲れとストレスに張り付いた笑顔…
明日、来週と店に来て貰うため送るメールには
〈メールの方が本音を言える〉
〈言葉に出すのが恥ずかしい〉
心にもない嘘を長文に混ぜて打ち込む。
タクシーを走らせ、いつものようにバーに向かい店に入るなり
「疲れた。お腹空いた。眠たい」
カウンターにうなだれていると
「どれかにしろよ。気休めだけどこれでも食っとけ」
チョコレートとミックスナッツの入った硝子の器を置いた。
「ありがと」
チョコレートを口に頬張る。
「そんな疲れるほど忙しかったのか?」
ミキサーの氷を砕く音が響く。
「ううん…ちょっとね」
「仕事を頑張るのも構わないけど無理するなよ?いつでも甘えていいんだからな」
「…うん」
赤く染まり苺が添えられたカクテルEARTHQUAKEを置くと、蓮の髪を撫でた。
隣の男が
「出た。悠人は相変わらずシスコンだね」
「それも極度のね。完全に拗らせてるよ」
「だからモテる癖に彼女ができないんだよ」
小さく笑い合う客に恥ずかしくなり苦笑を向けた。
添えられたストローでカクテルを飲み干すと
「帰るね…」
手を振って席をたつと
「外まで送るよ」
カウンターから出てきて一緒に外に出た。
ドアが閉まったと同時に蓮の腕を引き寄せ唇を小さく重ねた。
悠人の胸を押すと
「もう…誰かに見られたら勘違いされるよ?」
「挨拶なんだから構わないだろ?」
「…でも」
タクシーがパッシングして近寄って停まるのが見え、繋がれた手が離れると
「気をつけて帰れよ」
「分かってる」
後部座席に体を沈めて窓を開けると
「ありがとう。おやすみなさい」
手を振り笑顔を向けると閑散とした街を抜け車は走り出した。

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