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♢Fallen Angel♢

第3章 **

源さんの存在を駿に知られるわけにはいかない。
嫉妬で醜くくなった駿…
そんな姿は望まない。
可愛いまま私の人形でいてくれればそれでいい。

タクシーを走らせて、喫茶店の前で降りた。
重いドアを開けるとチャイムに迎えられ、窓際の奥の席に座ると初老のマスターが水の入ったグラスを置き
「いらっしゃい」
柔らかい笑顔に迎えられた。
「ミルクティーお願いします」
マスターに笑顔を返した。
奥に下がる姿を見送って、バッグから小説を取り出した。
挟んでいた栞を外し、読み始めた。

ホテルで緊張した私の体を源さんが壊れ物に触れるように優しく包み、安心して腕の中に体を委ねて眠った初めての夜を思い出す。
間抜けにもお腹を鳴らし、小さく笑う源さんの笑顔に打ち解けた朝。
この店で飲んだ苦いコーヒーと甘いミルクティー。

小説を数ページ読み進めるとティーセットが並び、テーブルに小説を置くとカップに甘いミルクティーを作った。

待ち合わせはいつもこの店で、誰かの目を気にせずに会える唯一の場所。
昼間に会うのなんて何ヶ月振りなんだろう…

空いたティーカップを前に、手にした小説の活字が眠気を誘う。
大きなあくびを漏らしているとチャイムが鳴り
「待たせた?」
近寄る源の姿に慌てて小説に栞を挟み、バッグに押し込むと
「…ううん。私が早めに着いただけだから」
グラスを運んできたマスターに
「ブラック」
それだけ伝えると、源はマガジンラックの新聞を手に取り、椅子に座った。
コーヒーが届いても、新聞に目を落としたままカップに口をつけた。
新聞越しに源の機嫌をうかがうように
「源さん…唯のね…」
カップを皿に乗せる音が言葉を遮り
「ここで話さなくても家に帰ってからゆっくり聞くよ」
「家って…?」

源さんに借りて貰っている私のマンションには、駿が待っている。

動揺を隠すように言葉を選ぶ。
「行っていいの?でも…」
「峰(みね)なら旅行に行っていないから心配ないよ。行こうか」
「うん」
伝票を取り上げて支払いを終わらせる源の後を続いた。
駐車場に着くと、いつもの黒塗りの高級車ではなく別の車が停まっていた。

きっと黒塗りの高級車では都合が悪いのだろう…

慣れない右の助手席に体を沈めた。

源さんの家には何度か奥さんのいない時に上がった事がある。
いつか私のものになればいいのにと行く度に思った。

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