テキストサイズ

一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第15章 第一部・第三話【戀月桜~こいつきざくら~】 すれ違い

―殿、どうかおとどまり下され。殿が今、お屋敷をお出になれば、東照公さまの御世より続いてきた角倉のお家はどうなりましょうや。角倉の名跡を途絶えさせてはなりませぬ。
 袴の裾に縋り付く老いた守り役を振り切って飛び出してきた、あの日。
 爺と呼んで慣れ慕った守り役の悲痛な叫び声が今も耳奥に絡みついて離れない。
―殿、どうか我らをお見捨てなきよう。
 また声が聞こえてきて、栄佐は耳を塞いだ。
 際限なくこだまする声を振り払うかのように、烈しく首を振る。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ