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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第22章 第二部・第五話 【冬柿】 予兆

 寄りにも寄って、栄佐の大切な想い人の住まい前でそんないかにも胡乱(うろん)な男を見かけて栄佐が放っておけるはずもない。いや、むろん、これが他ならぬ小紅の住まいではなくても、栄佐は同じ長屋に住まう相店(あいだな)の者として捨て置きはしなかっただろうが。
 ここは江戸の外れ、江戸の町ではどこでも見かけるような粗末な棟割り長屋である。栄佐はまたの名を板東碧天(ばんどうへきてん)といい、これでも役者の端くれなのだ。もっとも、万年大部屋役者で、いまだに立て役をやったことはない。

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