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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~

第8章 第一部・第二話【赤とんぼ~小紅と碧天~】 すれ違い

 栄佐はもう二度と角倉家に戻るつもりはない。直参旗本八千石の当主の座も何もかも屋敷を出るときに棄てた。彼自身に角倉家に戻る気がないのなら、幾ら源五郎の苦衷を思いやっても意味のないことである。
―殿、栄之進君。どうか角倉家をお見捨て下さりますな。
 今も爺のあの悲痛な懇願が耳奥で甦ってくるようで、栄佐は追いすがってくる声を追い払うかのように首を振った。

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