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ずっと君を愛してる

第15章 新しい生活

殺風景な部屋のあかりをつける。今まで住んでいた東京の部屋とは随分違う。簡単なキッチンがついたリビングとベッドルーム。家具類は小さな棚と作業用のデスクしかなく、本や雑誌すら床に置いている。
データ整理をするためにパソコンを立ち上げた。
仕事で撮る写真はデジタルだ。便利だし仕上がりがきれいすぎる。どうしても好きにはなれない。シャッターチャンスを大切にしていない気さえする。撮っては消し、の繰り返し。
ベルクールのアシスタントについてから、自分のマニュアルカメラで撮る時間もない。だからなのか、最近のぼくは神経がとがっているような気がした。
気難しい日本人、きっとこのアパルトマンではそう思われている。ここに住む若いアーティストや音楽家、学生に誘われるたびに理由をつけて断っていた。パリに来てから人とかかわることが面倒になっていた。
1日のうち、人は何時間、いや何分笑顔でいるだろう。ぼくはパリに来て考えるようになった。心から笑顔でいられることは本当は簡単なことではない。そんな人間が、他人にカメラを向けていい表情を引き出すことなどできるだろうか。
どのくらいの時間、データ整理をしていただろう。いつの間にか部屋は薄暗く、気温も下がり始めていた。
気分転換しよう。
ぼくはジャケットと雑誌を持って、カフェに向かった。
夕暮れ時のカフェは適度に空席があり、ぼくはいつものオープンテラスに座ってコーヒーを注文した。
フランス語での日常会話には不自由しない程度は何とかできるようになった。ベルクールは彼の仕事量に比例する話好きで、彼といると自然と覚えた。
しかし読み書きは苦手だ。雑誌をめくり、わかる単語を探していると、photographie concoursの文字が目に入った。
写真コンテストか…。そういえば、一度だけ応募したことがあるな。大学時代、静流と一緒に。静流が二番目の何とかっていう賞をとったんだっけ。…懐かしいな。
ぼくは、今ではもうあの頃のことはほとんど思い出すこともなくなっていた。

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