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そばにいて、そしてキスをして

第3章 始まり

ひとり暮らしの割に広いマンションはあっさりしすぎるほど物が少ない。モノトーンでまとめた広いリビングにはソファとローテーブル。パーティションで区切られた向こう側には大きなグランドピアノが置かれている。
壁に掛かった個性的な時計を見ると、10時半を指していた。

「もうこんな時間!すみません、海外から帰ったばかりで、お疲れなのに」

真緒は慌てて立ち上がったが、思わずよろめいてテーブルに手をついた。自分が思っているより酔っていた。

「大丈夫ですか。水、持ってきます」

倉沢が冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルをだし、キャップをあけて真緒に差し出した。
真緒はそれを受け取って一口飲んだ。

「酔いが醒めるまで、音楽でもかけましょうか」

倉沢がそう言って、リビングにあるラックに手を伸ばした。
真緒は白いシャツに包まれた広い背中をみつめた。
倉沢に出会ってから、久しぶりに感じていた気持ちの正体がいま、わかった。
真緒は足元に注意して立ち上がり、数歩先でCDを選ぶ倉沢の背中にもたれかかった。

「…桜井さん?」
「ごめんなさい。少しだけ、このままで…」

その瞬間、倉沢は体ごと振り返った。あっという間に倉沢は真緒を抱きしめて、真緒はすっぽりと倉沢の腕の中に収まってしまった。

「ごめん…」

頭の上から、倉沢の低音が心地よく響いた。それはいつかのように、真緒の中にすとん、と入ってきた。

「走って…逃げないと…」

真緒が言うと、倉沢のその腕に力が込められた。

「もう少しだけ…」

真緒の髪に顔をうずめて、倉沢がくぐもった声で言った。

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