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そばにいて、そしてキスをして

第6章 心が緩む場所

はぁ。体がだるい。それでも店を開けないわけにはいかない。

「おはようございまー……」

洋輔が店に入ってきた。その瞬間立ち止まって真緒の顔を凝視した。

「なに?何かおかしい?」

聞かれる前に言っておこうと、真緒は先回りした。

「いや……あ、おかしいっす……ね」

洋輔がうろたえながら目を逸らした。

「わかってるよ。心配しないで」

明らかに不機嫌で枯れた声が出た。

「聞きませんけど……心配です」
「大丈夫。慣れてるから」
「前にもありましたよね」

その後、二人で黙々と開店準備をした。真緒の不調とは正反対に、小さめなフルーツトマトの赤がまぶしいほど鮮やかだ。柑橘類のさわやかな香りも、今日の真緒にはむせそうになる。
真緒が重い段ボールを持ち上げるたびに小さく『痛っ』とか『うっ』とか声をあげるので、洋輔は気が気でなかった。

初めて倉沢に抱かれた日。その翌日から倉沢は6日間の予定で古巣であるパリに出発した。オーケストラで客演の予定が2つあると話していた。

あの日、倉沢は何度も真緒を抱いた。
体よりも、心が感じていた。
砂漠に注がれる雨水のように、真緒は倉沢の欲求を受け止めた。果てしなく降り注ぐ倉沢の悲しみが、真緒には十分すぎるくらい理解できたからだ。
気がつくと夜も更けていた。疲れ果てていつのまにか眠っていた。
倉沢の寝顔があまりにも安らかで、美しかったのでそのまま真緒は自分のマンションに戻った。

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