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そばにいて、そしてキスをして

第6章 心が緩む場所

エントランスの下に置かれたベンチに座って大きな息を吐いた。
倉沢が帰ってくるのは明日だ。いくら倉沢を待っても会えるわけがない。
それでも、真緒は倉沢に会いたかった。
初めて抱かれたあの日から、ずっとずっと倉沢に会いたかった。

洋輔はどう思っただろう。ほぼ毎日松田のもとで実験や論文を書き、指導を受けているのに松田に対する見方が変わってしまわないだろうか。それだけが心配だった。
松田は不安定になった時に真緒を乱暴に抱く以外は、本当に穏やかで純粋に研究一筋なのだから。

その時ぽつっと頬に何かが当たったかと思うと、瞬く間に大粒の雨が降りだした。ずっとベンチに座っていた真緒は、松田に蹴られた脚が痛くてよろよろと立ち上がった。足をひきずるようにして歩き始めたその時、目の前に停まったタクシーから倉沢が降りてきた。

「真緒さん……?」

千秋はいつか見たキャリーバッグを傍らに置き、驚いたように真緒を見つめた。タクシーから降りた倉沢もみるみる間に雨に濡れた。

「その顔……とりあえず家に入ろう」

ずぶ濡れのまま二人でエレベーターに乗った。帰ってくるのは明日だと思っていたのに。真緒は、倉沢に会いたいと願っていたが、顔のあざのことを忘れていた。一番見られたくなかったのに…。

倉沢はすばやく玄関のドアを開けてバスルームに向かうと大きなタオルを持ってきた。真緒をくるんで、その上からきつく抱きしめた。

「いったい何があったんだ……?真緒さん」

真緒は答えられなかった。半分しかひらかない右目から涙が溢れた。
どんなに松田から殴られても、泣いたことはない。涙なんて出ないほど、怖かったのだ。

「くら…倉沢さん……」
「とりあえず、シャワーを浴びて体を温めて。着替えは真緒さんがバスルームに入ってから外に置いておくから。傷の手当てはそれからしよう」

倉沢は真緒の手をひいて、バスルームに案内した。
ぱたん、とドアが閉められた瞬間、真緒は座り込んで泣き崩れた。
その嗚咽を、倉沢は聞いてはいけないような気がしてその場を離れた。

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