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そばにいて、そしてキスをして

第6章 心が緩む場所

熱いシャワーを頭から浴びた。外に出ると、倉沢のものらしきTシャツとハーフパンツが置いてあった。それを着てリビングに行くと、倉沢の姿はなかった。
ドアが半開きになった寝室から、話し声が聞こえる。

電話?……フランス語?

真緒はソファに座って待った。
ものが少なくて、掃除の行き届いたリビング。パーティションで区切られ、奥まったスペースに置かれたグランドピアノ。その隣には楽譜らしきものがぎっしり並んだ本棚。
そっと目に付いた一冊を手に取った。
真緒でもわかる、『Chopin/Piano Concerto No.1』の文字。パラパラめくると、音符が果てしなく並んでいる。上下したり、空白だったり、かと思えば他より小さな音符が延々と続いていたり。倉沢は、これを音にするのが仕事なのだ。たくさんの音を束にする、指揮者。
その時、1枚の写真がハラリと落ちた。

……倉沢さんの、大切な人だ。

真緒は直感した。
明るい栗色の肩までの髪、大きくてまんまるな瞳、胸に抱えた楽譜らしき本。
その手は、彼女に不釣り合いに大きい。そして何より印象的なのは、こぼれんばかりの笑顔。……大好きな人にだけ、向けられる笑顔。倉沢さんが撮った写真かもしれない。

「真緒さん……?」

真緒は咄嗟に写真を元のページに挟んだ。

「ご、ごめんなさい。勝手に……」
「いや、いいですよ。それより傷の手当てを」
「大丈夫です!ごめんなさい、妙な心配をおかけして……昨日、転んで、あの……」

真緒は見てしまった写真のことと、この傷の言い訳で頭がいっぱいになってしまった。

「何も言わなくていい。その……傷が残ったら大変だ」

倉沢は有無を言わさず真緒をダイニングチェアに座らせて、手にしていた箱の中を探した。
軟膏らしきものを手早く塗り、大きな絆創膏を貼り、脚の目立つあざには湿布を貼って包帯を巻いた。

「『手当て』とはよく言ったもので、こうして手をあてているだけで、治りそうな気がしませんか?」

頬に貼った絆創膏の上から、倉沢の大きな手が添えられた。

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