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そばにいて、そしてキスをして

第6章 心が緩む場所

雨音しか聞こえない部屋で、真緒はソファに座った。ちょうど向かいにパーティションで区切ったピアノのスペースがある。真緒はそこに吸い寄せられるように向かった。

ショパン ピアノ協奏曲第一番。

その重みのある楽譜を手に取ると、もう一度あの写真が挟まれたページを開いた。

あ。

さっきは気付かなかったが、その女性は真緒に似ていた。正確に言えば、真緒の大学時代。まだ髪を伸ばす前で、いつも肩のあたりで切り揃えていた。それが長い間真緒のスタイルだった。色も、染めたものではなく自然のままだ。

真緒は、本棚にあったペンスタンドを見つけ、その中からはさみを取って、バスルームに向かった。
その動きは、自分でも驚くほど素早く、体の痛みなど忘れていた。

洗面台の鏡の前に立つと、左手で持った髪の束に、はさみを入れた。迷わずその束を切り落とした自分の姿を見ると、そこには写真の女性がいた。
ザクザクと髪を切ってしまうと妙にすっきりした気分になった。不揃いな毛先を少しずつ揃え、散らばった髪を片付け終わる頃には、晴れやかな気持ちにさえなっていた。

真緒はリビングに戻ったが、倉沢が起きてくる気配がなかったので自分でカフェオレを淹れて飲んだ。

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