テキストサイズ

そばにいて、そしてキスをして

第9章 そばにいて、そしてキスをして

夕方になっても何もやる気がなくて、部屋でゴロゴロしていると電話が鳴った。ディスプレイには『倉沢貴司』の文字が光る。真緒は飛び起きてすぐに出た。

「はい」
『倉沢です…あの、さっきパリから帰って』

と、その時インターホンが鳴った。もうっ、誰?!
真緒がドアスコープを覗くとそれは、いま話している電話の主だった。
鍵をはずし、ドアを開けるとそこにはいつも通り隙のない倉沢が立っていた。リビングに通すと、倉沢は真緒の背中に向かって呼んだ。

「…真緒さん」

真緒が振り返ると、倉沢はまっすぐに真緒の目をみて言った。

「…そばに、いてほしい」
「…それは…」

真緒が言いかけると、その言葉を遮るようにして倉沢が口を開いた。

「色んな思惑があった。君を…ある人の身代わりに見ていたことは事実だ。でもやっぱり君は君で、離れているとまた君が傷つけられていないかと心配で…」

倉沢は、まるで初めて気持ちを告白する少年のように俯いて言った。

「そばにいてくれるかな」
「…そばに、いたい」

二人の視線が絡み合うよりも先に体が動いた。倉沢の腕がしっかりと真緒を抱きしめた。

「君といると、欠けてしまった何かが埋められていく気がした」
「私は…倉沢さんの心に空いた穴を埋めてあげたいと思ってた…」
「…許してくれる?」

真緒はふふ、っと笑って答えた。

「千帆さんより、もっと愛してくれるなら」

自分でも驚いた。そんなことが言えるなんて。

そうだ。
始まりはどんな理由でもいい。お互いが必要な存在ならそれだけでいい。

「キスして…」
「…キスだけでいい?」

真緒は首を横に振って、倉沢の唇に自分のそれを重ねた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ