そばにいて、そしてキスをして
第2章 変化
「会うの、初めてですね」
真緒は沈黙がいたたまれなくなり、口を開いた。
「会っていたかも知れませんよ、気付いていなかっただけで」
倉沢は、意外なことを言った。
真緒ならきっと、「そうですね」と答えただろう。だって実際ランニング中に倉沢に会うのは今日が初めてなのだから。
「ただすれ違うだけの人間が、一度言葉を交わすと顔見知りになる。もう少しお互いがわかると知り合いになる。それを繰り返して気が会えば友達になり、男女の場合はもっと違う関係になるかも知れない…」
倉沢はひとりごとのように続けた。
でもその言葉は不思議に、すとん、と真緒の心の中に入ってきた。
「すみません、理屈っぽくて」
「いえ、あの、ほんとそうだなと思って」
「面倒くさいですよね、職業柄何でもすぐに掘り下げてしまって…」
少し照れたような顔が似合わない。
この人はまっすぐ前を見据えているか、考えこんでいる顔がしっくりくる。きっと、照れ笑いなんかめったにしないのだろう。
「ジャム、おいしくできました?」
「えぇ。あ、お裾分けをしようと思って朝お店にうかがったんです」
「そんな、わざわざ」
真緒の店で買った野菜や果物を、どんな風に料理したか、それがすごくおいしかったと言ってくれる客はたくさんいる。でも実際お裾分けをしてくれた人はいない。
「うち、すぐそこなんです。ランニングが終わったら取りに来てください。そこの、801号室です」
倉沢は立ち上がってシューズの紐を直した。深く息を吸って走り出そうとして、振り向いた。
「いや…よく知らない男の部屋になんか来たくないですよね…明日お店に持っていきます。じゃ」
そう言って軽く手をあげ、走っていった。
「あ!倉沢さん」
「ん?」
「ルバーブ…お好きですか」
真緒は思わず聞いた。何となく、千秋もルバーブが好きそうな気がした。
「懐かしいな。子どもの頃いたお手伝いさんがよくシロップ煮を作ってくれた」
「あ、ジャムなんですけど、作ったんです。明日お渡ししますね」
「楽しみにしています。それじゃ、桜井さんも気をつけて」
真緒は久しぶりにドキドキした。
倉沢とは反対の方向に走りながら、川沿いの道に影を作る桜の葉を見上げた。
真緒は沈黙がいたたまれなくなり、口を開いた。
「会っていたかも知れませんよ、気付いていなかっただけで」
倉沢は、意外なことを言った。
真緒ならきっと、「そうですね」と答えただろう。だって実際ランニング中に倉沢に会うのは今日が初めてなのだから。
「ただすれ違うだけの人間が、一度言葉を交わすと顔見知りになる。もう少しお互いがわかると知り合いになる。それを繰り返して気が会えば友達になり、男女の場合はもっと違う関係になるかも知れない…」
倉沢はひとりごとのように続けた。
でもその言葉は不思議に、すとん、と真緒の心の中に入ってきた。
「すみません、理屈っぽくて」
「いえ、あの、ほんとそうだなと思って」
「面倒くさいですよね、職業柄何でもすぐに掘り下げてしまって…」
少し照れたような顔が似合わない。
この人はまっすぐ前を見据えているか、考えこんでいる顔がしっくりくる。きっと、照れ笑いなんかめったにしないのだろう。
「ジャム、おいしくできました?」
「えぇ。あ、お裾分けをしようと思って朝お店にうかがったんです」
「そんな、わざわざ」
真緒の店で買った野菜や果物を、どんな風に料理したか、それがすごくおいしかったと言ってくれる客はたくさんいる。でも実際お裾分けをしてくれた人はいない。
「うち、すぐそこなんです。ランニングが終わったら取りに来てください。そこの、801号室です」
倉沢は立ち上がってシューズの紐を直した。深く息を吸って走り出そうとして、振り向いた。
「いや…よく知らない男の部屋になんか来たくないですよね…明日お店に持っていきます。じゃ」
そう言って軽く手をあげ、走っていった。
「あ!倉沢さん」
「ん?」
「ルバーブ…お好きですか」
真緒は思わず聞いた。何となく、千秋もルバーブが好きそうな気がした。
「懐かしいな。子どもの頃いたお手伝いさんがよくシロップ煮を作ってくれた」
「あ、ジャムなんですけど、作ったんです。明日お渡ししますね」
「楽しみにしています。それじゃ、桜井さんも気をつけて」
真緒は久しぶりにドキドキした。
倉沢とは反対の方向に走りながら、川沿いの道に影を作る桜の葉を見上げた。