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そばにいて、そしてキスをして

第2章 変化

昨日はいつもより長く走ったせいか、足がだるい。それでも休日のあとは気分がすっきりして仕事に対するやる気が違う。

「真緒さん、なんか元気ですね」
「そう?はぁー。今日も暑くなりそうだね」

真緒は店の中から空を見上げた。今年は空梅雨なのかも知れない。
洋輔が野菜の入っていた段ボールをつぶしながら言った。

「オレなんか、二日酔いでフラフラですよ。昨日ゼミの飲み会でー」
「あは、谷岡教授に飲まされた?」
「当たり。ヒドイですよ、全く…あ、すみません、まだ準備中で…」

ドアを背にして野菜を並べていた真緒ではなく、洋輔が客に気づいた。その声に真緒も振り向く。客は倉沢だった。開店まであと30分ある。

「急な仕事で今から上海に行くので…開店前にすみません。いちじくのジャムをお渡ししようと思って」

倉沢はシャツにジャケットを羽織り、小振りなキャリーバッグを引いていた。

「わざわざありがとうございます。あ、私も…ちょっと待ってて下さいね」

真緒も慌てて、ルバーブのジャムを渡そうとバッグを開けた。
瓶には、パソコンで作った『mao's sweet』のラベル。

「ルバーブです。あ、でも海外に行かれるなら…」
「いや、頂きますよ。上海で」

真緒は、それを昼食用に持ってきたライ麦パンと一緒に紙のバッグに入れて手渡した。

「ありがとうございます。じゃ、行ってきます」
「お気をつけて」

背の高い後ろ姿を見送って、仕事に戻ろうとした時、洋輔が興奮した様子で言った。

「倉沢貴司と、知り合いになったんですか?!」
「あー、違うの。ランニング中に会って…」
「で、なんでジャムの交換なんですか!」
「まぁまぁ、後で話すから。はい仕事仕事」

箱を持ったまま立っている洋輔の背中を押した。
何だか気分がいい。みずみずしく濡れたレタスやトマトを並べ、その横に野菜サラダと手作りドレッシングのレシピを置く。
真緒はひときわ元気よく、今日最初の客を迎えた。

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