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優しいキスをして

第6章 秘密の恋人たち

……お前、何言ってるんだ?こんなの、違うだろ?
美優は、先生をまっすぐ見据えて言った。
「先生。私、辞めます。それでいいですよね?それならなにも問題ありませんよね?」
「……はい」
「……おい、お前止めろって!俺が辞めるって言ってんだろ!?」
先生を真っ正面から見つめる美優になかば俺は掴みかかると、美優は俺を見つめて語気を強くして言った。
「北澤さんは黙っててっ。あたしはそれでいいの。お願いだから…………ね?」
美優は俺に健気に少し笑って見せたが、表情は真剣そのものだった。
俺は美優の勢いに圧倒されてしまい、思わず黙ってしまった。
……なんでだよ……っ。
少しの間のあと、磐田さんは様子を窺うように言った。
「……須藤、あんたはそれでいいのね?」
美優は一度俯き、顔を上げると磐田さんを見た。
「……はい。いいんです。あたし、本気ですから」
美優は何かを決したような目をして言った。
……美優……っ。
「じゃあ、手続きは進めておきますから。来月いっぱいまで頼みますね?来月は成人式もあるし、よろしく頼みますよ?」
先生は満足げに笑った。
美優は律儀に頭を下げた。
「はい、わかりました」
「何かあったら私の方から須藤には連絡します。このことはくれぐれも内密にね」
磐田さんはマネージャーの建て前をとりあえず通すように言ったが、表情は話をする前よりもかなり柔らかくなっていた。
「二人とも、気を付けて帰りなさい」
先生がそう言うと美優のあとに俺も続いた。
俺は歯痒い気持ちでいっぱいだった。
……美優、なんでなんだ?ホントに、このまま辞めるのか?
「はい、失礼します」
黙って階段を降りると二人して裏口から出た。
俺は扉を力任せに閉めると美優の両肩を強く掴んで揺さぶった。
「美優!どうゆーことだよ!お前それでいいのか?」
美優は柔らかく笑った。
「いいの。だって……ともくんと、別れたくないもん。別れるくらいなら、あたし美容師やめるよ」
……なんで、お前はいつもそうなんだっ。
俺は俯いた。
「……俺は、そんなこと、頼んでない……」
「ごめんね。……勝手に決めっ……」
「………っ」
俺はこれ以上ないと言うほど美優の体を強く抱いた。
両手のひらで美優の後頭部と両肩を抱え込み、自分の胸に美優を閉じ込めた。

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