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優しいキスをして

第1章 出来心

「ふーん……。で、今日もなしってことなんだ?」
「まあ、他からお誘いはあったけど今日はそんな気分じゃないってゆーか。昨日も結局暇になっちゃったから在庫取り来たら田橋さんと話し込んじゃって牛丼食べ行っちゃったし」
「へー、毎日エッチしてるわけじゃなかったんだー」
北澤さんはクックッと笑いながら失礼なことを言う。
あたしは軽く睨んで言った。
「ねえ、人のこと盛りのついた猿みたいに言わないでくれる?」
「ごめん、ごめんっ。でも、それってさー……」
ふいに北澤さんがあたしに近づいた。
「すどー!!来てるのー!?」
そこへ、2階の美容室へ続く階段越しに田橋さんの声が聞こえてきた。
「はーい!いますよー!」
あたしは反射的に答えた。
「大変なのー!すぐ来てー!」
田橋さん、2階に居たのか。
北澤さんに目線を戻すと、田橋かぁー……と呟いて、あたしを見て言った。
「呼んでるみたいだから行きなよ」
「なんか言いかけてたでしょ?なに??」
「また今度ね」
とはぐらかされてしまった。
何?…
あたしは持っていたストパーの薬剤をいったんそのへんのテーブルに置き、階段を登りながらじゃあまた、と手を振ってとりあえず2階に登っていった。
階段を登りきると、田橋さんがカラー剤を頭皮に塗ったまま立っていた。
「どうしたんですか?そんな格好で」
「竹井さんにカラー剤塗ってもらったらすぐ先生に呼ばれちゃって、それから戻ってこないの。須藤、お願い、シャンプーして」
いつも通りノーメイクの人の良さそうな丸顔を困らせていた。
田橋さんは本店で働く人で市村さんの同期で、市村さんとは相反するタイプだ。いつも陽気で優しいがちょっと小心者なのが珠に傷。
あたしは半笑いで言った。
「わかりました。シャンプー台行きましょ」
田橋さんはホッとした顔をしてシャンプー台の椅子に座った。
「あーよかった。須藤が今日来なかったらあたし頭皮がかぶれるとこだったよ」
「んな、大袈裟な」
あたしは田橋さんの首に手早くシャンプークロスを付けた。
「ねえ須藤」
「はい?あ、後ろ下げますね」
あたしは足元のスイッチを踏み、シャンプー台を後ろに下げていく。
「あんた北澤さんのことホントに何とも思ってないの?」
田橋さんはなにやらにやけ顔だ。

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