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優しいキスをして

第5章 闇の向こうの光

北澤さんと付き合い始めて1週間が過ぎた。
すべてが、とても順調だった。
北澤さんは一人にさせると心配だと言ってほぼ毎日時間を作ってくれた。会った日は必ずと言っていいほど抱いてくれた。
北澤さんの気持ちにいつも優しく包まれて、あたしは幸福感でいっぱいだった。
でも、北澤さんと付き合い続けるには絶対に越えなければいけない一つの問題があった。

マサキの存在だった。

あたしはまだマサキに切り出せないでいた。
他のセフレたちは時間を見つけてはよく会っていた人から順に電話やメールで切っていったが、マサキだけはなんて言えばいいのか言葉が出てこなかった。
ここ数日マサキから着信とメールが何回もあった。あたしは電話には出なかったけど、メールには、今日も仕事で遅いのか?なんで電話に出ないんだ?無視するな。という内容。
マサキはもう会わないなんて言えばすんなり応じてくれることはないし、ましてや絶対に激怒して認めないと思う。
でも、言わなくちゃ……。
北澤さんがいるんだもん。
あんなに愛してくれている人がいながら、マサキにもう会うわけにはいかない。
殴られてもいいから一度話しはしなければ。
今日は夕方から8番店。
一番時間が取れるのはこのタイミングしかない。
店に入る前に少しでも電話しなくちゃ。
今日こそ言おうとあたしは決めた。



夕方、あたしはいつもよりもいくらか早めに3番店を出て、いつもより車を飛ばしてきた。
電話する時間を少しでも延ばすためだ。
きっと、すんなりマサキはわかってはくれない……。
あたしはとぼとぼと重い気持ちで歩いて8番店の裏口近くまで来ると、携帯を出した。マサキの番号を表示させ、道具セットを横に置いた。
どくどくと身体中に心臓があるかのように心拍数が上がっていくのを感じる。
緊張で震える手を押さえて、あたしは覚悟を決めて電話をかけた。
呼び出し音が聞こえ、すぐにマサキは出た。
『……もしもし?』
暗い声……。思わずゾクリと背中に冷や汗が流れたが、あたしは思いきって言った。
「もしもし?あたし……」
『ちょっと移動するから待って』
即答でマサキは返した。声は暗いまま、感情がないかのように淡々と言った。
「ごめん……、わかった」
あたしは緊張を押し殺し、言った。
耳からはマサキの足音が聞こえる。
あたしはその間に自分を落ち着かせるために深呼吸した。

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