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優しいキスをして

第5章 闇の向こうの光

「…………んっ」
北澤さんの腕がさらにぎゅっと強く抱き締めてくれた気がした。
「……店で待ってるから、ちゃんと、戻ってくるんだよ?」
「……うんっ」
あたしは北澤さんの腕で暫く泣いてしまった。
こんなあたしを、好きでいてくれるんだね……。……信じて、くれるんだね。
あたしは、まだこの時自分の本当の気持ちにさえ気づいてなかった。



その日の営業は、時間通り8時に終わった。
締めも片づけもすべて終わり、あたしたちはバックルームで話していた。
立ったまま携帯の画面を見ながら北澤さんが言った。
「何時に約束なの?」
「……9時だよ」
「……そっか」
あたしは丸椅子の上で膝を抱えて小さくなっていた。
マサキに会うのは、怖い…………。
覚悟は決めたはずなのに。
…………あと30分したら、行かなくちゃ。
……でも、行ってもしマサキに何かされたとしても北澤さんに連絡できるかな?
できたとしても、男ともめてる現場なんて、見せたくないな……。
あたしはすぐ横にいる北澤さんを見上げて言った。
「やっぱり、北澤さん帰っていいよ。……あたしのこと待ってたら帰るの遅くなっちゃうし、終わったら電話するから」
北澤さんは心配そうな顔をくれる。
「お前になんかあったらどうすんだよ。なるべく近くにいた方がいいだろ?」
「……でも」
あたしは膝を降ろして向き直った。
「俺が言い出したらきかないのはわかってるでしょ?」
「……そうだけど」
あたしは俯く。
……そうだ、あの時もそうだった。
「俺がそうしたいのっ」
あの日と同じだ。断るあたしにあの時も北澤さんは言い切って譲らなかった。
ふと、あたしの頭に北澤さんが手のひらを下にしてのせて、撫でた。
「全部終わったら会いたいから、待ってる」
「…………っ//」
北澤さんはいつもの穏やかな笑顔であたしを見つめる。あたしは思わず立ち上がって北澤さんに抱きついた。
北澤さんも黙って抱き締め返してくれた。
……あたしには、この人がいる。
……あたしを待っててくれている。
怖いなんて言っていられないっ。
「行ってくるね……。なるべく、早く戻ってくるから……」
「うん、気をつけてな」
あたしは聞きたかった……。顔を見なかったら恥ずかしくないでしょ?
「……ねえ、好きって言って?」
少しの間のあと、北澤さんはせつなげに言ってくれた。
「…………好きだよ」

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