しのぶ
第5章 5・真実の影
志信は体を起こし膝立ちになると、元康を真っ直ぐ見つめる。向けられるのは、あの夜愛し合った情など一欠片もない乾いた視線だった。
「私はあの方だけに仕える、忍びです」
「あの、方……」
志信が元康に体を許した事ですっかり忘れていたが、確かに元康は志信が見つめるもう一人の主を知っていた。元康と同じ名前、同じ癖を持つ、元康によく似ているらしい男だ。
「でも、待て。あの方は、死んだんだろう? 手の届かない所へ行ったって、お前はそれを追いかけられないって、そう言っていたじゃないか!」
「ええ、言いましたね。しかし死んだとは、一言も言っていませんが。あなたが勝手に、死んだと解釈しただけでしょう」
「今は俺だけの志信だと、そう言ったのは」
「元康様、忍びの言葉など、羽根より軽いものなんですよ」
目の前に帳がかかるように、元康の心は真っ暗になる。ジュストが羽交い締めにしていなければ、己の足で立つ事も適わなかっただろう。目の前の志信は、忠節を失ってはいない。何も変わっていない。だが志信の心は、元康を目にかけていないようだった。