しのぶ
第5章 5・真実の影
「あの方は、手の届かない所へ行きました。天下を這う人の一人ではなく、天上から人を支配する神君へと。私はその仕上げに、こうして地を這いずり回っているんです」
「天下? 神君……」
元康の頭に浮かぶのは、今にもぶつかり合いそうな天下分け目の戦い。そして元康と同じ名前という情報に結びつくのは、ただ一人だった。
「まさか、あの方とは!」
東軍の大将、かつては元康と名乗っていた時代もある、狸のような男、徳川家康。あまりに格の違いすぎる武将の名に、ますます元康は力が抜けた。
「正確には、鳥居元忠の率いる忍びの一人ですが。まああの方――家康様の命により鳥居様へ仕えているのですから、似たようなものです」
元康は志信が書いた文を、もう一通見ている。あの宛先は『彦右衛門』であったが、よくよく考えてみれば鳥居元忠も彦右衛門を名乗っている。あの時名前だけで断定は出来なかったが、あれは鳥居元忠宛てだったのだろう。
「康子は、『家康公』か」
ここまで証拠が揃えば、もはや疑う余地もない。出会ったその時から志信が忠義を誓うのは、家康一人だったのだ。