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しのぶ

第5章 5・真実の影

 
 志信の胸にじわりと伝わる、涙の熱。元康は顔を上げず、すがりついたまま訊ねた。

「裏切り者なら……どうして文を送ったんだ。志信の文がなければ、俺は大坂に留まったままで一揆衆にやられていた。その方が、都合もよかっただろう?」

「……それは」

「ここへ帰ってきたのもそうだ。お前の力と頭があれば、わざわざ荒谷へ戻らずとも使命は果たせただろう」

 志信の体が僅かに強張るのに気付けたのは、すがる元康だけだった。もはや裏切り者である事に偽りはないが、志信はどこか違う。元康はそれを確信し、抱き締める腕に力を込めた。

「あなたがそういう方だから、私は……」

 志信の囁きが耳に入ったその時。縛られていたはずの志信の手が、元康の背に回る。

「動くな!」

 そして抱き上げられたかと思えば、喉元に突きつけられるくない。ジュスト達に、動揺が走った。

「手を出せば、主君の命はない。そこから一歩も動くな」

 元康を人質に取り、志信はじりじりと牢の外へ歩き出す。殿様本人を人質に取られてしまえば、誰も下手には動けなかった。
 

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