しのぶ
第5章 5・真実の影
「……やはり、世は徳川に微笑むか」
伝令の報告を聞いた一人の武将が、乾いた笑い声を上げた。白い頭巾で顔を隠しているため表情は分かりにくいが、彼は淀んだ目で地面を見つめた。
「立花は遅刻、左近は崩れ、島津は動かず。吉川は空弁当、小早川は裏切り、さらには脇坂や朽木など、一気に四隊も寝返りか。まさに四面楚歌だな」
武将の名は、大谷吉継。石田三成の親友で、病身ながらこの関ヶ原の戦で力を尽くしてきた数少ない忠義者であった。しかしその武運も、尽きようとしている。西軍の小早川が裏切り、吉継の陣まで攻め込むのは想定内だった。しかしそれに合わせ、周りの四隊までもが寝返り攻撃してきたのは、いかな吉継でも想像が付かなかった。
「三成に伝えてくれ」
吉継は采配を強く握ると、伝令に一言残す。
「だから負けると言っただろう、頭でっかち――とな」
「は、はっ……?」
吉継は部下に輿を担がせると、前進を命じる。周りを敵に囲まれ、もはや吉継に勝機はない。しかし彼は逃げるのではなく、戦場へと足を踏み入れた。
己が見込んだ男のために、命尽きるまで戦う。それが、武士の意地だった。