しのぶ
第5章 5・真実の影
「私が潜入した小川家の当主は、家康様のかつての名と同じ元康といいます。彼は若く、また当主としては平凡ですが……家康様に、似ておられました」
「儂に? 狸に似ていて優しいと申すか」
「彼は、忍びとしての技量ではなく、体でもなく、私の心と向き合ったのです。家康様と、同じように……いえ、正確には少し違いますね。家康様は家族として、元康様は伴侶として、私に手を差し伸べてくださいました」
元康を脳裏に浮かべた志信は、僅かに上気し口元が緩む。感情を出す事は、本来忍びにとって禁則だ。言葉はいくつでも取り繕えるが、顔はなかなか誤魔化せない。だからこそ忍びは普段、頭巾で顔を隠すのだ。全てをさらけ出した今の表情は、志信の心を正直に表していた。
「初めは、それを愚かだと思いました。つけ込むにはちょうどいいとも思いました。しかし、彼はひたすら純粋なのです。物事を斜めに見る事なく、私の心だけを見つめていました」
「それで、情が移ったか?」
「……毛利から切り離し、東軍につかせようと画策もしました。結局、彼の毛利に対する忠誠心を覆す事は出来ませんでしたが」