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しのぶ

第5章 5・真実の影

 
「なるほど、それで帰ってきた訳か。荒谷を一揆で荒らし元康の大坂入りを止め、東軍への敵対を防ぐ。同時に毛利宗家の無駄な反抗も制し、東軍勝利後、なるべく毛利の印象を下げないよう図ったのだな」

 輝元が大坂城で反撃を開始し直接対決となれば、さすがに改易は免れない。そしてそれに加担すれば、元康は首を取られただろう。仮に生き残っても、毛利が改易になれば元康は牢人だ。どの道大坂に留まっても、元康に得はない。

「お主の情報を西軍に売りつけ、逆転を図ろうとは思わなかったのか?」

「それはなりません。家康様は私の恩人、たとえ元康様のためでも、弓引く真似は出来ません」

 すると家康は、溜め息を吐くと右手を振りかぶる。そしてばちんと張り手の音が響き、志信の頬に痛みが走った。

「馬鹿者! 己の命を張っても守りたいと思うなら、帰る必要などないだろう! お前が嘆願して元康が助かったとて、苦難が過ぎる訳ではない。その時お前は、指をくわえて見ているつもりか!」

「しかし、ここで私が帰る以外に彼らを生かす道などなかったでしょう! たとえ私が隣にいなくとも、生きてさえくれれば……」
 

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