しのぶ
第5章 5・真実の影
「この、馬鹿者が」
二回目の罵倒は、耳を傾けても聞き取りにくい小声だった。
「お前はようやく自立した『人』になれたというのに、修羅へわざわざ戻ってきたのだぞ」
「元から忍びは修羅の道。人の喜びなど、必要ありません」
「儂はそう思わん。表立って言えずとも、お主に流れるのは忍びではない、誇り高き『武士』の血だ。闇に隠したまま葬る体ではない、いつか表に立たせてやる事が、お主を拾った儂の使命だと思っておる」
「私は、ただの忍びです。どんな血が流れようと凍り付いているのですから、血に意味などありません」
「そうやって己を卑下するのはやめろと、何度も言っただろう」
家康は志信の頭を、なだめるように撫でる。意地を張り熱くなっていた志信も、大きな手に肩を落としうつむいた。
「私にそういう人生を選ばせたのは、他でもない武士ではないですか……」
「それは、すまないと思っている。だからこそ、儂はお主が影であらねばならない今を変えたいのだ。そしてお主もまた、変わった」
志信は顔を上げ、首を傾げて家康を見つめる。