しのぶ
第5章 5・真実の影
「血が凍っているのなら、なぜ元康に惹かれた? どうして儂への恩に逆らってまで毛利を救おうとした。己を犠牲にしても相手の繁栄を望む心、それはまさしく生きた人の心だ」
「私は、そんなつもりでは……」
「一つ悔しいのが、お主の心を射止めたのが徳川の人間でない事だ。他家に心を捧げた者を、徳川に置いておく事は出来ないからな」
その言葉に、志信は青ざめ首を振る。
「嫌です、お願いですから捨てないでください! 私は、ここしか生きる場所がないんです!」
だが家康は、部屋の襖を指差し目を閉じる。
「もう徳川に帰る必要はない、志信」
志信は歯を食いしばり、胸を支配する絶望に耐える。しかし家康の意志が固いと見ると、それ以上言葉は出なかった。
「……今まで、お世話になりました。このご恩は、生涯忘れる事はないでしょう」
志信は深く息を吸い、乱れる心臓を抑えると、足取り重く歩き出す。しかし、襖に手をかけた瞬間、家康に声を掛けられ志信は振り向いた。
「そうだ、忘れておった。これは餞別だ」
家康は何かを投げてよこし、志信はそれを反射的に受け取る。