しのぶ
第1章 1・光への生還
侵入者をただ始末するだけなら、木偶の坊でも出来る仕事だ。しかし忍びは違う。敵が何者か、何が目的か探ってこそ、初めて役目を果たしたと言えるのだ。志信はそれを探るまでは、間者を殺すつもりなど毛頭なかった。一度捕らわれる事も、犯される事も、全ては予定調和であったのだ。
(それにしても、まさか小早川とは。嫌な知らせになるな)
目的を果たした今、志信が案じるのは主の身である。骸と化した忍びには一瞥もくれず、志信は荒谷城へと戻っていった。
「殿……もう、駄目です。これ以上致しては、僕の体が保ちません」
寝所に漂うのは、淫靡な空気と小姓の可憐な笑い声。一つの布団に並ぶ二つの影は、言葉とは異なり睦まじく絡む。そんな中声を掛けるのは、いくら緊急事態とはいえども気まずい事この上なかった。
「お楽しみの所申し訳ありません。元康様、曲者が現れました」
一度自室に戻り、元康と謁見しても失礼のないよう汚れを拭き取り着替えた志信は、深く息を吸うと天井裏から寝所へと降りる。元康に寄りかかっていた小姓は驚いて小さな声を上げ、目を丸くした。