しのぶ
第6章 6・遺恨の花
元康に残されたのは、輝元との絆を信じ捨てられないよう祈る道だけである。しかしそれも、大坂へ援軍を送れなかった事を思えばか細い希望だった。
「なればせめて……殿をお慰め致します。小姓の皆はもちろん、女も近付けていないのでしょう? こんな事でも、気が紛れれば」
「待て。余計な気遣いはいらないと言っただろう」
小姓は着物に手を掛け脱ごうとするが、元康はそれを制止する。黒幕――志信を取り逃がして以降、元康は幾度とせめて体だけでもと慰めを勧められていた。しかし一度も、元康はそれを受けていなかった。
「皆が心配してくれている事は、感謝している。そうまでして慰めてくれる気持ちは、俺も受け取っている。しかし……もう俺は誰を相手にしても高ぶらないのだ」
「それは、あの方のせい、でしょうか」
小姓の脳裏に浮かぶ人物は、まさしく全ての黒幕。元康を谷底まで突き落としながらなお、心に住み続ける悪魔のような男。小姓は棘を隠し切れず、悔しげに歯を食いしばった。
だが、小姓は首を振り、心に抱く全てを飲み込む。そして元康に軽く挨拶すると、部屋を出ていった。