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しのぶ

第6章 6・遺恨の花

 
(志信ならこんな時、心の内を全て吐き出し俺を叱るだろうな)

 小姓の背中を見送りながら、元康が浮かべるのは志信の幻。小姓達にはない図々しさが懐かしくてたまらなく、胸を締め付けた。

 すると一度部屋を出ていった小姓が、踵を返し部屋へ戻ってくる。今度は完全に仕事の顔をした小姓は、元康に来客である事を告げた。

「客……?」

 詳しく聞けば、それは京から来たとある寺の坊主であるらしい。謁見など行う気分ではなかったが、政すらおろそかにしては城主の存在価値がない。ひとまず元康は、一度顔を合わせる事にした。

 元康が足を運ぶと、一人の坊主が頭を下げて待ち受けていた。だが小綺麗な袈裟を纏う坊主は、なぜか剃髪しておらず、艶やかな黒い髪が生えていた。

「面を上げよ。して、何の用だ。俺は気分が優れぬのだ、早く済ませて――」

 坊主の風体を妙と思いつつ、元康は面倒くささを隠さず投げやりに話す。だが、坊主の顔を見ると言葉を失う。刀のように鋭く威圧感のある瞳、それは仏門に身を捧げる者の瞳ではない。元康を惹きつけ、楽園へ導き、地獄へ突き落とした忍び――志信の、瞳だった。

「……しの」
 

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